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朝飯と軽トラ

 翌朝。


 朝食の準備をしているとクリスが起きてきた。

 昨晩は裸にそのまま浴衣を着せたので、そのままだった。


 クリスは内腿を擦り合わせるようにもじもじとしながら、体の半分を柱に隠していた。


「あ、あの、お、おはよう、ございます……」

「おはよう。よく眠れた?」

「は、はい……」


 莞爾は首を傾げる。昨日のかたっ苦しい態度が薄れているし、妙にしおらしい。視線を余り向けないように気をつけて、努めて明るく振る舞った。


「お腹減ってるだろ? とりあえず朝飯にしようか」


 卵焼きを切り分けて皿に乗せ、土間から上がるついでに居間へと彼女を連れて行く。

 居間といっても和室だ。部屋の角にテレビが置いてあるが地デジには対応していないのでテレビを見ることはできない。


 クリスは食卓に広がった朝食を見て驚いた。


「こ、こんなに……いいのですか?」

「ん? 別に構わないって。昼と夜は適当だから、朝だけはしっかり食うんだよ、俺。っていうかさ、口調変わってない?」

「あ、え、いや、これは、その……」

「まあ、食いながら話そうか」

「は、はい……」


 どこか元気がない様子である。莞爾は苦笑しながらも座るように言った。


「ごめんな。うちは古いからさ、和室しかないんだわ。椅子じゃないと座りにくいよな」


 外国人といえばフローリングで椅子とテーブルという妙な固定観念があった。しかし、クリスは問題ないようだった。


「せめて畳だから、まあ許してくれ」

「たたみ、というのは初めてだが、床に座るのは別に苦ではない……」

「ならいいけど。まあ、座布団があるし、平気か」


 女の子らしく脚を崩して座るクリスは、浴衣姿のせいもあって妙に(なまめ)かしかった。


「えっと、クリスさんは箸は使えるか? 使えないならフォークとスプーンを用意するけど」

「すまない……頼めるだろうか」

「ははっ、そんなに萎縮しないでいいって。ちょっと待ってろよ」


 莞爾はすぐにフォークとスプーンを用意して渡した。クリスは小さく頭をこくりと下げた。


「じゃあ、いただきます」

「いた……その挨拶は?」

「食前の挨拶だけど?」

「あ、あの、お祈りは?」

「お祈り? もしかして、今日生きる糧をどうのこうの、みたいな?」

「ああ、それだ」

「うーん。うちは仏教徒だし、正真正銘根っからの日本人だからなあ。そんなお祈りはしないよ。食前は“いただきます”で、食後は“ごちそうさまでした”だ。これでも食事に感謝する意味もあるんだ。別に手抜きってわけじゃない」

「そ、そうか。それなら、一安心だ」


 クリスは小さな声で恥ずかしそうに「いただきます」と莞爾の真似をした。両手を合わせるのも見ていたのだろう。奇妙なものでも見たように変な顔をしていた。てっきり日本大好きな外国人かと思ったら、あまり日本文化に造詣(ぞうけい)が深いというわけではないらしい。


 いよいよもって異世界人という旧友の推測が的を射ているように感じ始めたが、莞爾は黙っていることにした。どのみち自分では判断がつかない。


「カンジ殿……これはなんだろうか」

「……米も知らないのか。それは白飯だ。米とも言う。小麦みたいに粉にしてパンにするんじゃなくて、脱穀して、実のまま鍋で炊くんだ。美味いぞ」


 おそるおそるフォークですくって口に入れると、クリスは何度か噛み締めて顔を(ほころ)ばせた。


「あ、甘い。素朴な甘さで美味しいな」

「だろ? 俺が作った米だ。不味いわけがない」


 おかずはアジの開きや甘めの卵焼き。お浸しや冷奴に、作り置きしている若鶏の時雨煮だ。他にも莞爾謹製の漬物各種が並ぶ。


 朝だけは豪勢なのが自慢だ。もっともこれをご馳走というのもおかしな話だが、その分昼も夜も余り物で適当だ。


「どれも美味しいな……ぜ、全部カンジ殿が?」

「そうだけど?」

「お、奥方はいらっしゃらないのか?」

「ははっ、いないいない。いるわけない。こっちに戻ってからは女っ気なんてさらさらないよ」


 莞爾はもともと都会でサラリーマンをしていた。その時には何人かの女性と交際したこともあったし、いわゆる体の関係のある恋人がいたこともある。

 けれど、彼は最終的に今の家——先祖代々の土地に戻るつもりだったし、限界集落に限りなく近いようなど田舎に嫁いでくれる女性は現れなかった。彼の性格上の問題ももちろんある。


「そういうわけで、親父もお袋ももういないし、この家をほったらかしにするわけにもいかないからさ。こうしてここに住んでるってわけ。仕事もやめて、今は農家だな」

「そ、そうなのか。農民、なのだな。それで、家名持ちとは……どういうことなのだ……うぅむ」


 クリスは何やら悩んでいる風だったが、莞爾は聞いてもろくなことがなさそうだと質問はしなかった。すると、クリスの方が考えあぐねて質問した。


「カンジ殿。この辺りでは農民でもこれほどの食事を毎日欠かさず食べているのだろうか」

「農民ね。まあ、確かに農民っちゃ農民だけど。そうだな……朝からこれだけ食う人はあんまりいないかもしれない。でも、これより豪華な食事をしているやつなんていっぱいいるぞ」

「なっ! そ、そうなのか!?」

「いや、驚くようなことか? クリスさんは家で何食ってるんだ?」


 口調からして教育が行き届いていないような雰囲気はしないのだが、あまり食事に興味がない家庭だったのかと莞爾は不思議に思った。


「メルヴィス家の屋敷の朝食は基本的にパンとサラダ、それから焼いたソーセージやゆで卵が普通だ。だが、卵は高価なのだ。私は貴族だから毎日ひとつ食べられるが……もし貴殿が農民だとすれば、この、卵焼き、だったか? これを毎日食べているというのが信じられない」


 なるほど。これは異世界だ。莞爾は旧友の直感が正しいのではないかと思った。今時海外でも卵の値段はそこまで高くないだろう。日本ほど流通と生産が確立していなくてもそんなに高いはずもない。


「もしや、貴殿は鶏を飼っているのか? それなら合点がいく」

「いや、飼ってないし、卵は普通に安いから……まあ、いろいろと認識に齟齬(そご)が出てるようだから、詳しい話は後にしよう。まずは飯を食べてから、だな」

「あ、ああ。すまない。少し焦っていたようだ」


 クリスは食事をしながら、どれも美味しそうに食べていたが、やはり色々と気になるのだろう。何かと莞爾をちらちらと見ていた。

 莞爾はしばらく女っ気のなかったせいか、少しだけ狼狽していた。何せ下着も着ていない女性が浴衣姿で食事をしているのだ。おまけに時折上目遣いでちらちらと見つめられ、理性がごりごりと削られる。


 外国人の浴衣姿というのも悪くない。だが、せめてブラジャーとパンツがあって欲しかった。莞爾は視線を決して下には向けないように気をつけながら味もわからない食事を終えた。



 食器をさげ、食後のお茶を飲みながら、莞爾は胸ポケットのタバコに伸ばしかけた手を戻して言った。


「実はさ、クリスさん」

「な、なんだろうか」

「いや、そう緊張しないでくれよ。こっちまで緊張するから」

「す、すまない」


 クリスは初めての緑茶に驚いたものの、気に入ったのか二杯立て続けに飲んだ。


「いやな、ちょっと確認したいことがあるんだ」

「ああ、なんでも聞いてくれ」

「最初に聞いておくけど、クリスさんの言っていたエウリーデ王国とかメルヴィス家とかってのは、“設定”じゃないんだな?」

「設定というのはよくわからないが、私はメルヴィス家の長女で間違いないぞ」

「そうか……じゃあ、次の質問だ。クリスさん、パスポート持ってるか?」

「パスポート? なんだ、それは。聞いたことがない代物だ」

「なるほど。わかった。じゃあ、日本って国名に聞き覚えは?」

「にほん……いや、聞いたことがないな」


 確定だ。これはもう確定と言うしかない。

 このご時世に旧態依然のいかにもな王国があるとは思えなかった。王室があるのは知っているが、まさか甲冑を着て剣を振り回すような戦争をしているだなんて、莞爾は聞いたことがない。


「あー、えっとな。俺の大学時代の友人で、外務省に勤めている奴がいるんだ。で、ちょうど今日が休みだから、これから来てもらうんだけど……」

「外務省? よくわからないが、ご友人は役人なのか?」

「まあ、そうだな。国家公務員だから、役人で間違ってはいない。それで、その友人にクリスさんのことを調べてもらおうと思うんだ」

「む……貴殿は農民ではなかったのか?」


 どう説明したものか、と莞爾は悩む。明らかに警戒するそぶりを見せられてはどうしようもない。


「なんと言ったらいいかわからないんだが、ここは日本という国だ。ついでに言うとエウリーデ王国という国はこの地球上には存在しない」

「ははっ、馬鹿なことを言わないでくれ。エウリーデ王国といえば大陸でも五本の指に入るような大国だ。貴殿も知らないわけがない」

「うーん、俺も説明の仕様がないんだが、とにかくここは日本という太平洋の端っこにある島国だ」

「島国? いや、そんなわけがない」

「ところがどっこい、そうなんだよなあ……ちょっと待ってろよ」


 莞爾は自分の部屋から高校時代の教科書を掘り出して持ってきた。食卓に広げて彼女の方に向けた。


「これが世界地図だ」

「地図など農民が持っているわけが——」

「いや、話は最後まで聞けよ」


 地図帳の一部分に指をさす。


「ここが日本。島国だろ? んで、大陸はこっち。クリスさんと同じ人種がいるのはこの辺り。ヨーロッパってところだ」

「……こんなに精細な地図は見たことがない」


 そこに食いつくのか、と莞爾はため息をつきそうになったが、どうにか抑えた。


「友人から聞いておいて欲しいって言われたから、いくつか質問をさせてもらうよ。クリスさん、魔法って使えるか?」

「はははっ、カンジ殿。馬鹿にしているのか?」


 なるほど。これは“設定”の可能性が高まった、と思いきや、全く予想外の方向に高まった。


「もちろん使える。これでも騎士学校では魔法実技の成績で首位争いをしていた。自慢じゃないがそれなりに使える。本職には負けるがな」

「……マジかよ」


 まさか本当に魔法が使えるなんて。しかもそれなりの使い手らしい。莞爾は手に負えないとばかりに頭を抱えた。とりあえず旧友から頼まれた質問を続けることにした。


「クリスさん、母国語で会話してるか?」

「そうだが?」

「俺は日本語を話しているんだが、日本語って知らないよな?」

「ああ、なるほど。どうして言葉が通じているか不思議なのだな」

「そうそう。どうして言葉が通じているんだ?」

「それは私の甲冑のおかげだな。甲冑といっても兜に付与された魔法のおかげだ。被っていなくても兜の近くならば異なる言葉でも通じるようになっている」

「なるほど。その機能ってオンオフができるわけ?」

「もちろんできる。裏側に小さな金属片がついているのだが、これに魔力を通すだけでいい。取り外してペンダントにすることもできるぞ」

「使い勝手は大丈夫そうだな……」


 しかし、とんでもない翻訳機械である。魔法なんて子供騙しのファンタジーだと思っていたが、目の前に実際に提示されると否定もできなかった。


「とりあえず、混乱しないで聞いて欲しいんだ」

「なんだろうか」

「クリスさん。あんたはどうやらこの世界とは違う世界の人間らしい」

「は?」

「何か心当たりはないか? 俺もよく知らないが、変な扉を通ってきたとか、たとえば魔法で逃げたとか」

「心当たり……いや、そもそもここが異なる世界とは、どういう意味だ? 世界がいくつもあるわけがないだろう」

「あー、そういう……」


 なるほど、と莞爾は手を打った。確かに今の彼には異世界と言われて理解できる素養がある。パラレルワールドという考え方もできるし、ファンタジー作品ならいくらでもあるから想像はつく。

 しかし、そのようなものがないクリスにとっては「異世界、なにそれ」状態なのだろう。


「わかった。とりあえず、友人が来るから、それまでうちでゆっくりしていてくれないか」

「む……恩人の願いを断るのも失礼とは思うが、私とて騎士——武人だ。いち早く王都の屋敷に戻ってご報告せねばならん。父上も心配するであろうし」

「じゃあ、途中までついていってもいいか?」

「それは構わないが……危ないぞ? 人里から離れれば、どこで魔物と遭遇するかわからないのでな」

「魔物?」


 初耳だ。まさか魔物という存在までいるとは。莞爾はサブカルチャーにそこまで詳しくないので想像がつかなかった。


「ああ。ゴブリンやオークのことだ。強くはないが、奴らは数が多い。男ならば殺されるが、女の場合は……あまり考えたくはないな」

「危険なのか?」

「ゴブリン程度ならば貴殿でも楽に倒せるはずだ。オークは動きが鈍いが力が強い。下手に戦うと力負けする」

「なるほど」


 ゴブリンやオークという単語が出てきて、莞爾は漠然と「ファンタジーだなあ」と内心で考えていた。そのため一瞬陰りの差したクリスの瞳には気づかなかった。


「ひとまず安全を確保するためにも、一度見に行くだけ行ってみないか?」


 莞爾は甲冑や剣は置いて行こうと誘った。


「見るだけならば問題はないだろう。だが、こちらは徒歩だ。馬もいない。もし敵に見つかれば逃げられん」

「あー、それは気にしないでいい。車出すから」

「車?」

「おう、車だ。つっても軽トラだけどな」


 首を傾げるクリスだった。

 莞爾はクリスを連れて納屋の方に行った。


「ほれ。これが軽トラだ」

「金属の塊に車輪がついているわけか。だが、これは馬も牛もついていない。どうやって牽引するのだ?」

「まあ、すぐにわかる。とりあえずその格好じゃなんだから、着替えるか」


 一度家に戻って夜のうちに洗濯しておいた彼女の服を渡す。


「むっ、いい匂いがする」

「おう」

「それに汚れも綺麗に落ちている……どうやって洗ったのだ?」

「文明の利器で」


 首を傾げるクリスに莞爾は余計なものは見せないでおこうと決めた。とりあえずクリスは帰るつもりらしいし、すぐに異世界に帰れるようならば余計なものはあまり見せない方がいい。何よりあれは何これは何と尋ねられるのも面倒だった。


 軽トラもどうかと考えたが、自分が歩くのは嫌なので諦めることにした。


 着替えさせて長靴を履いてもらい、軽トラの助手席に乗ってもらった。ゴムの長靴を不思議そうに思っているのかクリスは履き心地を何度も確かめていた。


「よーし、準備はいいな」


 キーを回してエンジンをつける。独特の軽いエンジン音にクリスは驚いていた。


「むわああっ! な、ななっ、なんだこれは!」

「はいはい、シートベルトをつけましょうねえ」


 慌てるクリスを助手席にシートベルトで固定して、サイドブレーキを外す。


「じゃあ、出発するぞ。道案内してくれよ」


 一速に入れてクラッチをゆっくりと離しながらアクセルを踏む。


 進みだした軽トラに、クリスは喚き散らしながら驚愕していた。


「わわわっ! こ、こいつ、動くぞっ! これっ、これは一体何なのだ!」

「だから軽トラだって言ってんじゃん。それよりも道案内してくれよ。俺はわからないんだから」

「こんなもの私は知らないぞっ!」

「だから、異世界なんだって」

「そんな馬鹿な話があるかっ!」


 どうやらクリスに理解してもらうのは相当苦労するようだ。


 莞爾は(なだ)めるのを諦めて軽トラを納屋から出し、道に出た。


「右? 左?」

「えーいっ! 左っ! 左だあっ!」


 なぜかは知らないがシートベルトをぎゅっと握って決死の形相(ぎょうそう)で叫んでいるクリスを見て不覚にも笑ってしまった。


「わっ、笑うなあっ! 私だって馬ならばこんなことにはっ!」

「今時馬が交通手段って……ははっ。異世界らしいや」


 そんな調子で山手の方に軽トラは進んで行く。


 なんとか道案内をしてもらいながら林道に入った。道が凸凹していてどうしても揺れてしまう。


「揺れるから、舌噛むなよ」

「わわわ、わかった! わかったから! もうちょっとゆっく——いたっ! 痛いっ! 舌噛んだ!」

「いや、いい加減慣れて静かにしてくれよ」


 しばらく進んでいくとクリスは車を止めるように言い出した。


「ここ、ここだ! この辺りだ」


 軽トラから降りて彼女も降ろしてやる。どうやら腰が抜けているようだ。


「……大丈夫か?」

「む、無論だ。これくらいでへこたれるような訓練は受けていない」

「そのわりには膝が笑ってるぞ」

「みっ、見るなっ! これは、そう、武者震いというやつだ」

「いや、何と戦うんだよ。まずは自分自身と戦えよ」


 クリスが落ち着くのを待って、どうにか歩き出す。


「本当にこっちで合ってるのか?」

「む……間違ってはいない、はずだ。私はこちらから来て、道があるのに驚いて、道なりにやってきただけなのだ」

「ふーん。っていうか獣道だな」


 軽トラに積んでいた(なた)で枝打ちしながら進む。谷間に差し掛かった時、クリスが立ち止まった。


「ここだ」

「……何もないけど」

「いや、確かにここから来た」

「どういう意味だ?」


 谷間に湧き水が細く流れているだけで、何もない。洞窟があるわけでもないし、変な扉があるわけでもない。


「私はモザンゲート砦から逃げる途中、オークの群れに襲われ、崖から転落してしまったのだ」

「ふむ」

「気づいたらここにいた」

「……いや、答えになってない」


 あたりに崖なんてないし、ここは莞爾が持っている山の中なので地形は把握していた。この山には崖も何もないのだ。急な斜面はあるが、踏み外して落ちるような崖はない。


「逃亡中に何かしたか? 何か心当たりがあるんじゃないのか?」

「あると言えばある」

「聞こう」


 だがクリスは言いにくそうに口を噤んだままだ。


「俺には言えないってことか」

「いや、別にそういうわけではないのだが……あまり他言できることではないのだ。貴殿が黙っていてくれるのならば話そう」

「わかったわかった。黙っているから、教えてくれ」

「か、軽すぎるぞ!」


 そう言われても、異世界の事情なんて莞爾には関係ない。


「い、いいか! 絶対に他言無用だぞ!」

「だから言わねえって」

「むぅ、本当に?」

「ああ、本当に」

「本当の本当に?」

「しつこいな。だから言わねえって」


 再三問いただしてようやくクリスは説明した。


「私には研究畑の魔法使いの友人がいたんだ。私がモザンゲート砦に援軍に行くという話を聞いて、禁術である転移魔法陣のスクロールをくれたのだ」

「転移魔法陣? スクロール? 禁術ってのはなんとなくわかるが」


 莞爾は今度サブカルチャーも勉強しようと思った。思っただけだ。


「簡単に言うとだな。とある地点から指定の地点まで対象を一瞬で移動させるのが転移魔法だ」

「そのまんまだな」

「そんなものだ。しかし、一応は禁術だ。友人は大魔導士として認定されているからスクロールの作製の免許状も持っていた。スクロールというのは魔法陣の書かれた紙で、魔力を注ぐだけで魔法として使える」

「なるほど。で、それを使ったってことか?」


 推測するにそれしか思いつかない。しかし、クリスは首を横に振った。


「私も覚えていない。確かにいざとなったらそれを使おうとは思っていた。だが、使うような余裕はなかったのだ。転移魔法は禁術ゆえに扱いが難しいのだ。さっと出してぱっと使えるようなものではない」

「じゃあ、どういうことだ?」


 クリスはしばらく考え込んで、ようやく口を開いた。


「私もカンジ殿から話を聞くまでは釈然(しゃくぜん)としないことが多々あったが……私が現時点でスクロールを持っていないということは、なるほど……そういうことなのだろうな。おそらく崖から転落している最中、無意識に身体を守ろうと魔力を放出し、その魔力にスクロールが反応してしまったのだろう。私はてっきり逃亡中に落としたものとばかり思っていたが……」


 なるほど、と莞爾は頷いた。


「とりあえず車の方に戻ろう。話は歩きながらでもできる」

「あ、ああ、そうだな」


 心なしか元気がなくなったクリスだったが、それでも莞爾に従った。

16.11/19、修正。

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