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11月(3)キクイモの塩昆布和え

お待たせしました。

 しばしば莞爾の農作業を手伝っているうちに、クリスの作業着はジーンズにパーカーで長靴というのが普通になってしまった。


 そのうちきちんとしたものを買おうと莞爾は思っているのだが、なんだかんだとタイミングを逸している。


 晩秋の秋晴れの最中、キクイモの畑にやってきて、例のごとく出荷コンテナを積んだ軽トラを畦道に止める。


 キクイモは見た目は生姜(しょうが)に似ているが、成長すると二メートルを超える高さになる。農家によっては一メートルほど伸びたところで切り揃えて管理しやすくするところも多い。


 莞爾は切らずにそのままにしている。というのも、キクイモは生命力の強い作物ではあるが、やはり切り口から雑菌が入ったり、塊茎(芋の部分)の成長が妨げられたりするのを危惧したためだ。


「おおっ、これはかっこいいぞ!」

「剪定バサミだよ。結構高いやつだ」


 小さく見えても切る力は十分にある。キクイモの太い茎でもわずかな力で切断可能だ。安物はやはり耐久期間が短い傾向にあるものだ。

 クリスは刃物をいちいち確認してしまう癖があるようで、剪定バサミを受け取ると鋼の部分に光をあてて「ふむふむ」と頷いていた。


「よーし。じゃあ、まずは俺がやってみせるから、よく見てろよ」

「うむ。お手並み拝見だな!」


 莞爾はキクイモのそばにしゃがみ込み、左手で茎をつかみ、二十センチほど残して切断した。それを三つ四つと続けて振り返った。茎は枯れているが収穫した後場所を塞いで邪魔なので先に片付ける。


 別にそのままでもいいのだが、莞爾の畑は狭いので仕方がない。邪魔になってイライラするよりも一工程増えるくらいでいい。


「まずは茎を落としていく。今日はうね二つ分だな」

「むっ、掘り起こさないのか?」

「掘り返すけど、先に切り落としておいて、後で切った分だけ掘り起こす方が効率的だろ?」

「なるほど。それで茎をわずかに残して目印にしているのか」

「まあ、そんな感じだな」


 葉は枯れ落ちても茎は残っている。変色した茎は若干の水気を残しているが小気味よく切断できた。


 うねは平たく、二列交互に植え付けられているので、二人は両側に並んでさくさくと茎を切り落としていく。

 切った茎をそのまま通路に放置して、列が終わったところで軽トラの荷台に移動させた。

 これはあとで手頃な大きさに切ってから燃やして灰にする予定だ。灰もまた畑に使える。


「むふふっ、切れ味が落ちないのは気持ちがいいな!」


 ざくりざくりと茎を切り落としながら、クリスは腰を折って作業をしていた。一方の莞爾は膝を曲げて腰を下ろしている。


「……よくそんな姿勢で疲れねえな」

「むぅ? 私からすればなぜカンジ殿はそうして腰を下ろして作業をしているのかわからないのだが……疲れぬのか?」

「いや、そっちの方が疲れるだろ」


 クリスはわけもわからず首を傾げ、また作業に戻った。

 同じ人間でも人種が違えば骨格が異なる。クリスは脚を伸ばして腰を折った方が楽なのだ。別に膝が痛くて曲げられない老人じゃない。


 続けざまに茎を切り落とし、二列目もさっさと終わらせて茎を片付ける。


「よし。掘り起こすぞ。人力で」

「人力以外でどうやって掘り起こすというのだ、まったく」

「いや、キクイモはどうか俺も知らねえけど、ジャガイモだったら機械で収穫してるぞ」


 北海道では普通だ。そもそもあんな広大な畑でいちいち手作業で収穫なんてしていたら日が暮れる。


 莞爾は備中(くわ)を手に取った。三本爪のものだ。


「じゃあ、俺が掘り起こしていくから、クリスは土を払い落としてコンテナに入れてくれ。イモを傷つけないように気をつけてな」

「心得たぞ!」


 莞爾は鍬をうねの外側、茎から十分離れた位置に深く打ち込んで、そのまま柄を押すようにしてテコの原理で土を持ち上げつつ、残した茎を掴んで軽く引く。すると土がほぐれつつ起き上がり、キクイモの塊茎も一緒に浮き上がってくる。


 クリスに手本を見せるためにも周りの土を払って引き抜き、取り残しがないか土中をまさぐり、ごろごろと小さな物を集めた。コンテナの中に優しく入れて彼女と場所を変わった。


「おおっ! なるほど!」

「続けていくから、収穫頼むぞー」


 茎を目印にしてどんどん鍬を打ち込み、掘り起こしていく。息切れしないように都度呼吸を整えながらだが、慣れているので仕事は早い。


 折り返しに到達してクリスを見れば、まだ半分も追いついていなかった。初めてにしては早い方だ。彼は鍬を置いてクリスの方に歩み寄り、手本を見せる。


 茎をつかんで勢いよく引き抜くと土中で大半が千切れて面倒なので、つかみはするが引き抜かず、周りの土を取り除いてゆく。芋と名のつく野菜の収穫の仕方は、多少の違いはあれど大きくは変わらない。


 大きいものはしっかりとくっついてくるが、小さいものは取り残されやすい。


「ふむふむ。コツがあるのだな」

「おう。まあ、慣れだな、慣れ」


 クリスは見よう見まねでキクイモを収穫し始めた。コツをつかんだらしく、ペースがあがる。それにつられて莞爾も折り返しを再開し、あっという間に元の場所に戻ってきたが、無駄な負けん気を出してしまったせいで少々息切れした。


 彼女が収穫したキクイモの入ったコンテナを覗くが、とくに問題はない。むしろ初めてだからこそ丁寧だった。莞爾は自分の育てた野菜を優しく扱ってくれているのだと思って嬉しかった。


 自然、笑みが漏れた。

 彼女と一緒になって農家をしていくのも悪くない——そう考えて彼女に聞こえないように苦笑しながら呟いた。


「……俺も絆されてんな、ははっ」


 つい先日に抱き寄せてしまったことを思い出して、あれはその場の勢いだったのだろうかとふと頭を悩ませた。


 彼女を好きになる要素がどこかにあっただろうかと考えて、むしろ迷惑をかけられてばかりだと思った。けれども、クリスを見ているとなぜだか怒る気にはならなかった。


 年が離れているからこそ、余計にそう感じるのだろう。


 しげしげと様子を見守っていたこともあり、クリスが目ざとく気づいて声をあげた。


「こらっ、カンジ殿! 一人だけ休憩するなっ!」

「おーっ、悪い悪い!」


 莞爾は軽く微笑んで残ったキクイモを収穫した。


 もう一つのうねも同じ要領で終わらせ、二時間ほどで終わらせることができた。切り落とした茎も、収穫後に取り外した茎もまとめて荷台に乗せた。結構な量だ。収穫はコンテナ四つ分だった。


 水量の減った排水溝で軽く手を洗い、束の間の休憩をとる。


 11月に入り、本格的に気温が下がり始めている。もう中旬ということもあり、服装も半袖では寒い。まだまだ冬という感じはしないが、それでも冬が目の前に迫っているのだと実感する。


 相変わらず両手でコップを持って熱いお茶をふうふうと冷ましているクリスを見ていると、なんだかこの生活がずっと続けばいいと思ってしまう。


 迷惑ばかりかけられていると言えば、それまでかもしれない。けれど、不思議と悪い気はしない。別に一目惚れしたとか、外国人に憧れがあったとか、そういうのじゃない。


 きっかけはなんだっただろうと考えてみると、やはり彼女が戻って来てくれたからだろうと知らずに苦笑した。


「どうかしたのか?」

「いいや、別になんでもないよ」


 クリスは小首を傾げたものの、お茶をちびりちびりと飲んで長いため息を漏らした。軽トラの荷台に残された若干の空間に隣り合わせて座っていると、莞爾はおかしなほどに安心していることに気づいた。


 果たして女と一緒にいて安心した覚えがあっただろうかと考えて、自分も変わったのかもしれないと奇妙に思った。



——きっと、このポンコツのせいだ。


 彼女が彼の本心を知りたいと言ったから、だから今まで通りでいられなくなっている。見て見ぬ振りをできなくなっている。


 彼女を迎え入れておきながら、距離を保っていたはずだった。今まではそのおかげで怒りを感じることなんてなかったし、感じたとしても内心で仕方ないと思うことができた。


 けれど、初めて自分から彼女に寄り添った瞬間から、莞爾は彼女に期待している自分がいることに気づき始めていた。どうにも上手く平常心が保てない。


 伊達に三十路を過ぎているわけでなし、彼女にそんなそぶりを見せることはないけれど、男としてのさがなのか、ふとした拍子に彼女の頬に手を伸ばしたくなる。


 引き寄せて、その唇を奪いたくなる。劣情ではないけれど、まるで初恋を知った少年のように手を触れたいと思ってしまう。


 けれども、彼女の事情を考えると、まるで自分が彼女の弱みにつけ込んでいるようで気にくわない。それは大人のすることじゃないだろうと思った。


「家に戻ったら、昼飯にするか」

「む……出荷を急がなくてよいのか?」


 隣から見上げるように見つめてくるクリスと目が合って、莞爾は軽く微笑んだ。彼女はなんでもない風をよそおってもじもじと距離を空けたが、脚が宙に浮いていたせいで動きは全て見えていた。


 いじらしい。彼女の好意には気づいているし、自分の気持ちにも薄々彼女は気づいているだろう。いや、これを好意と言ってしまってよいのだろうか。莞爾は頭をかいて立ち上がった。


 おもむろにタバコに手を伸ばして一本取り、火をつけて深く煙を吸い込み、吐き出すとわざとらしく大きな背伸びをした。


「うちはパッケージングまでできねえし、八尾さんに頼むしかないんだけど、大きさで分けるぐらいはしないとな」

「かなり払い落としたが、まだ土も取れていないぞ。せめて洗わないのか?」

「洗ったら日持ちしなくなるし、キクイモは調理の寸前に土を落とすんだ。まあ、洗わないだけで綺麗にするけどさ」


 クリスはコップにもう一杯お茶を注いで飲み始めた。莞爾はすっかり冷めたお茶を一気に飲んで、小さく息を吐く。


 果たして楽しそうに辺りを眺めている彼女がどんな気持ちでいるのかなんて、彼にはわからない。


 いつも受け入れるだけでしかなかった。離れていった女が自分から戻ってくることなんて一度もなかった。


 だから、期待してしまう。彼女なら自分を全て受け止めてくれるんじゃないかと。けれども、そんなことを考えて、内心で「童貞じゃあるまいし」とほくそ笑んだ。まるでどこぞの文豪が書いた私小説のようだと独りごちた。


「むふふっ、存外に農家というのも面白いものだな」

「どうした、藪から棒に」

「藪から棒?」

「あー、突然ってこと」

「ふむ」


 クリスはすっと視線を空に向けた。秋晴れの涼しい風が通り抜けた。今晩は冷えそうだ。


「いや、なに。そんなに大それたことではないが……作物をこの手で収穫したとき、少しばかり感動したのだ」

「感動? 現代人みたいなこと言うんだな」

「うむ? ニホン人のことか?」

「まあ、一般的な最近の人って意味で」

「ああ、そうか。ははっ。私も農村で暮らしていたわけではないし、日々の食事は……そうだな。料理までは教えてもらったが、それよりも前のところは何も知らなかった。せいぜい小麦がどうやって作られるかといったことは教わっていたがな」

「またなんで小麦だけなんだ?」

「糧食になるからだ。収穫量によってはその後の戦略に影響が出る」

「あー、なるほど」


 莞爾は「やっぱり異世界人で騎士なんだな」と改めて認識した。ふと気づかないうちに一歩踏み込んだ。


「たしか伯爵の長女だったか?」


 言い終わって、ようやく彼は「しまった」と思った。できれば触れたくない話題だった。それはきっと彼女に悲しい思いをさせるだろうと思っていたから。


 けれど、クリスはあっけらかんと答えた。


「そうだ。まあ、兄はいるが、長女は私だな」

「……へえ、兄ちゃんいたのか」

「中々情の厚い兄だぞ。私の夫は自分が見つけてくると常々言っていた。ふふっ、まるで父親のようであろう?」

「そう……だな。妹思いの良い兄ちゃんだ」


 きっと今頃は悲しみに暮れているのだろう——家族を失うのは誰にだって辛い。莞爾は紫煙を(くゆ)らせつつ、視線を下に落とした。


 内心では「聞くな」と言っているのに、聞かずにはいられない。


「——戻りたいか?」


 クリスがはっと息を飲むのがわかった。


 莞爾は後悔しそうになって、吐いた唾は飲み込めないのだと目を細めた。その表情がクリスには彼が怒っているようにも見えたが、直感的にそうではないと気づいた。


 けれども、まだ彼女の心の奥底で(くすぶ)っている何かが作り笑いを追いやってしまう。


「家族に悲しい思いはさせたくない」


——たとえそれが叶わぬ願いなのだとしても。


 後に続く言葉は彼女の胸の中にだけ響いた。


 莞爾と会えない間、彼女にも色々なことがあった。

 それこそ戻るための手段を模索し、穂奈美を通じて協力してもらった経緯もあった。


 結果として、それらは現状では不可能という結論に至ったわけだが、そのせいもあってクリスは莞爾の下に戻って来たとも言える。


 少なくとも監視されながら外にも出られない生活よりかは、長閑な田舎で気の利かない男を頼った方が幾分か面白そうだった。その感情が諦観によるものなのかどうかは彼女とてわからない。


 ただ、莞爾ならば自分を受け入れてくれるだろうと思った。複雑な感情を一言で表すならば、きっとそれだけのことだ。


 莞爾はそれ以上踏み込むのをやめた。中途半端ではあったが、それ以上先に踏み込めば、自分が何を言いだすかわからなかった。それこそ彼女の弱みにつけ込むようで嫌だった。


「カンジ殿は——」


 けれども、踏み込んだ代償は払わなければならないものだ。


「私に帰って欲しいのか?」


 視線を合わせようともしない。クリスは眼下に広がる段々畑を見ながら呟くように言った。


 莞爾は言葉に困った。自分でもいまいち決意が足りなかった。


「ははっ、私はカンジ殿に迷惑ばかりかけているのでな。貴殿が出て行けと言うのならば、それもまた仕方あるまいよ」


 クリスはようやく作り笑いを浮かべて荷台から飛び降りて尻についた埃を払い落とした。


 踏み潰したタバコの吸殻をポケット灰皿に入れ、莞爾は無言のまま運転席に座った。クリスも薄い笑みを貼り付けて助手席に座った。


 莞爾は胸の奥から湧き出る得体の知れないもやもやとした怒りを押し込んでキーを回した。


「バーカ。そんなこと言うわけねえだろうが」

「むぅ、馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」


 走り出した軽トラに揺られながら、クリスは窓から顔を出して外を眺めていた。


「もう少しだけ、厄介になるぞ。カンジ殿」


 風にもみ消された言葉に、莞爾は答えられずにいた。



***



 収穫したキクイモはサイズ毎に選別し、クリスは昼食の用意に、莞爾は八尾のところに向かった。


 莞爾曰く、よく洗えば皮を剥かずに生で食べられるというので、商品にならない小さなものをサラダにしようと決めた。



 昼食とは言っても、そんなに大したものはなかった。


 朝食の余り物に、スミ江から貰った煮物、それと漬物がいくつか。


 クリスは漬物が案外好きだった。乳酸発酵した独特の匂いは彼女の故郷の発酵食品よりも断然食べやすい匂いだったからだ。けれど、納豆だけは未だに慣れない。匂いの質が違う。


 彼女は腕をまくって調理を始めた。


 最近はスミ江の指導のおかげで日本の料理も簡単なものならば作れるようになった。けれども、まだまだスミ江の味には程遠い。


「まあ、それでもカンジ殿は美味しいと言ってくれるからよいが……むふっ」


 先ほどまでの沈みかけた気持ちが、自然と霧散していく。


「だが、もう少しぐらい強引でもよいと思うのだがなあ……なあ。お前もそう思うだろう?」


 なぜか小さなキクイモに相槌を求めるクリス。苦笑して流水で洗い、落とせない汚れはたわしで軽く擦った。


 お気に入りの和包丁で千切りにして、ボウルに移し、スミ江から教わった塩昆布和えにする。田舎らしい一升瓶に入った白ごまを最後にふりかけてよく混ぜて、冷蔵庫の中で寝かせておく。


 莞爾が戻ってくるころには味も馴染んでいるだろう。


「しかし、この冷蔵庫というものは不思議なものだな。まさか氷室を小さくして雷魔法で動かそうなどとは……ふむ。魔法ではなかったな。デンキというやつか。侮れぬ」


 未だに地球の科学がよく理解できないクリスだが、魔法にも一応理屈があるので、理解できないまでも納得はできている。


 彼が戻るまでにはもう少し時間がかかる。


 ほんの暇潰しと考えて、彼女は家の外に出た。


 窯の方に行って、立てかけてある木刀を手に取った。先日、莞爾が間伐材から切り出して紙やすりで磨き上げたものだ。クリスは材質まではわからないが、少々軽いところ以外は気に入っている。


 目を閉じて息を整え、精神を集中させて素振りを始めた。


 ちょっとした隙間の時間で毎日のように続けている。おかげでなんとか以前の剣筋が戻ったように思えた。


 そういえば甲冑はまだ戻ってこないのだろうか、とふと脳裏に過る。剣は最初から諦めていたが、せめて甲冑は早く戻ってきて欲しいものだ。


「……ん?」


 しばらく続けていると、垣根の向こう側に人の気配を感じた。視線を向けずに意識だけ向けると、どうやら隙間からこちらを窺っているように思えた。


 害意はなさそうだ。気配からしてとても小さい。まるで子供のようだった。


 この周辺に子供がいただろうか、と考えてみたが、自分が知らないだけだろうと思った。まともに挨拶をしたのは伊東夫妻ぐらいで、さらに麓の方には行ったことがない。


 そうこうしているうちに莞爾が戻ってきた。軽トラの音が聞こえて、それと同時に気配も消えた。


 どうせたまたま居合わせた近所の子供だろう——クリスは忘れることにした。


 戻ってきた莞爾は「ただいま」といつもの調子だった。


「おかえり、だ。カンジ殿」

「おう。昼飯にすっか」

「うむ。キクイモをシオコブ和えにしてみたのだ!」

「へえ、美味そうだな」


 手を洗って食卓に料理を並べて手を合わせた。


 残り物の中でキクイモのサラダだけが浮いている。


「いただきますっと」

「いただきます」


 クリスは器用に箸を使って一口食べる。


 キクイモの瑞々しい食感で歯触りがいい。シャキシャキとした心地よい音が耳まで楽しませる。


 そこに塩昆布の旨味と塩気が馴染んでおり、ゴマの風味が鼻に抜けて、次から次へと進んでしまう。


「おー、美味いな」

「むふふんっ! スミエ殿からシオコブで和えるとだいたい美味しいと聞いたのだ」

「だいたい、美味しい、か。まあ、失敗はしないな」


 美味いものに美味いものを混ぜれば、まあだいたい美味しいものだ。たまにひどく不味くなることもあるけれど。


「やっぱり掘りたてだからなあ。瑞々しいし、このシャキシャキしてるのがいいよな。塩昆布の塩気もちょうどいいし、ゴマもいい仕事してる」

「ゴハンのお供だな!」

「……あんたも相当にニホン慣れしてきたな」

「むふっ、ゴハンは正義なのだ」


 異論はない。けれども腑に落ちない。


「クリスはパンが食べたいとか思わないのか?」

「パン? ああ、アレか。トーキョーで食べたぞ」

「で?」

「で、と言われてもな。ホナミ殿はてっきり私がパンをよく食べていると思っていたらしい」

「え、違うのか?」

「ないこともなかったが……わざわざ製粉して捏ねて焼き上げるなんて余計な手間をかけることはなかったな」

「ん? どういうことだ?」

「そのままだ。さすがに家にいる間は凝った料理を食べていたが、騎士学校に入ってからは常に質素な食事だったのだ。卒業するまでは麦粥が基本だった」

「あー、なるほど」


 それに、とクリスは続けた。


「私の知るパンと、ニホンのパンは別物だ。エウリーデ王国ではふんわりと焼くのではなく、平たい皿のように焼くのだ。ぺらぺらだ」

「皿のように? ぺらぺら?」

「うむ。ホナミ殿に言われて作ったこともあるぞ。たしかちゃぱてぃみたいとかなんとか言っていた」

「チャパティ、か。なるほどね。確かに皿っていうか、コースターっていうか……」


 想像通りの異世界というわけでもないらしい。まあ、魔法がそれほど便利でもないという時点でお察しなのかもしれないが。莞爾からすれば「まあそうだろうな」という感覚だが、穂奈美などからすれば夢を絶たれたような気分だったらしい。


「黒パンはないのか? とも聞かれたが、よくよく聞いてみれば、そんなもの硬くて食べられぬよ。故郷にだって(ふるい)ぐらいあったし、そもそも食べる前に捏ねて焼くのが普通だったから、わざわざ焼き固めて保存などしていなかった。そうでないなら粥で十分なのだ」


 そんな話をしながらもぱくぱくと食事を続けるクリスは、早くもおかわりをした。漬物をぽりぽりと噛んで、美味しく笑顔で食事を続ける。


 莞爾は苦笑しつつも味噌汁を啜った。キクイモを味噌汁に入れても美味いかもしれないと思った。


「むっ! か、カンジ殿!?」

「なんだよ、藪から棒に」

「ご、ゴハンがもうないのだっ!」

「はあ?」


 見れば炊飯器で朝に炊いたご飯がもう無くなっている。クリスが三杯目のおかわりをしたところで切れたようだ。とはいえ、三杯目には山盛りになったご飯がある。


 いつも三合炊いていたが、クリスがいつも以上に食べ過ぎたのが原因だった。夜はまた別に炊くからよいのだが。


「こ、こんなにおかずが余っているのにゴハンがないなんて……炊こう、カンジ殿」

「いや、今から炊いて間に合うか。夕飯までなら待てるだろ?」

「なん……だとっ!?」


 意気消沈するクリスをよそ目に、明日から四合にしようと密かに苦笑する莞爾だった。


「けどさ、クリス」

「なんだ?」

「そんなに食べててよく太らないな?」

「……はて、何のことだ?」

「いや、だから——」

「知らぬ」


 クリスは笑顔で莞爾を見つめた。


「体重計なら——」

「カンジ殿、デリカシーがないぞ。まったく貴殿には困ったものだな。ゴハンは正義。それでよいではないか」


 本人も気にしているらしい。

 莞爾はやっぱり三合のままにしようと決めた。


朝に三合、夜に二合……二人で1日五合。


……肉体労働だし普通か。

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