裕との奇跡の再会(1)
大学を卒業した健兄が先日友里恵さんと結婚した。将兄は理系の大学に進学してバイトもしていて毎日遅くに帰ってくるようになった。
そして私はこの春高校2年に進級。高校では中学と同じで合唱部に入って毎日勉強と部活の両立に大忙しだ。
今日は4月15日、私の誕生日だ。今日で17歳、もう17年も経ったんだ。私は休日の今日、意を決して前に住んでいた場所へ行こうと思う。前世に未練もないし家族を大切にしている裕を見ても素直に喜べる。なにより今の生活が本当に大好きだから、こう思えるようになった今だから行きたいと思う。って決意したのは去年の誕生日だったから決意してもう1年経つんだけどね。せっかくだから誕生日にって。
私はこの日のために貯めたお小遣いで買った切符で電車に乗り込む。始発ではないけど朝早くの電車に揺られること数時間。いつの間にか眠っていて気付くと懐かしい海の匂いがした。
……懐かしいなぁ。電車を降りていろんなところが変わってしまった町並みを見ながら歩き、途中のお花屋さんでお花を買う。自分のお墓に行くなんて変な感じだけどここでお母さんやお父さんに会うつもりはないし、なにしにきたかっていうとやっぱりお墓を見ようと思ったんだ。信じられないけど自分は死んだんだっていうのを、今更だけどしっかり目にしようと思う。
小さな古びた町は新たにお店ができて綺麗な住宅街になっていた。そこを通って前の私のご先祖様が眠るお墓がある場所へと向かい、そして見つけた。
私の名前がそこにはしっかり刻まれていた。
…ん?
お母さんかな。まだ新しいお花が供えられている。しばらくの間じっと自分のお墓を見つめていると人が歩いてくるのが見えた。
ってあれって…。
裕だ…――
裕が桶を持ってこちらに歩いてきている。…どうして?咄嗟に私は近くの茂みに隠れた。そっと様子を見る。
裕は私のお墓を綺麗にするとお線香をあげてその前で手を合わせた。
どうして?もう17年も経つんだよ?私のこと忘れてないの?どんな気持ちで私のお墓に手を合わせているの…?
「ただいま」
…え?
「俺ももうすぐ38歳だ。もういい年だよな。そっちはどうだ?」
裕…。なんでそんな風に話しかけてるのよ…。私はここにいるのに。裕は知らないだろうけどずっとそばにいるんだよ?
「裕也は今年中学に入ったんだ。あぁ、あいかわらずサッカーしてるよ。本当に俺とは大違いだ。サッカーだけじゃなくてどんなスポーツでもこなせるみたいでさ。驚きだよ」
あいかわらずってなによ。もしかしていつも私に話しかけてたの?私の誕生日にいつも仕事が休みだって言ってたのってこのため?ここにくるためにわざわざ仕事休んでこんな遠くまで来ていたってこと?
「あ、そうだ。これ早苗から」
そう言って裕が取り出したのは手作りのクッキー。早苗さんから?早苗さんが私のことを知っているの?早苗さんは裕が毎年ここに来ることを知っているの?わからない。いろいろわからないよ、裕…。
「お前甘い物好きだもんな。俺が作るお菓子とか。あ、そういえば全然作ってないわ。あ?俺が作ればよかった?その手があったかっ。はは、そっかそっか。ごめん、来年そうするから。拗ねんなよ」
どんどん前みたいな話し方になっていく裕が懐かしくて胸が痛くなってきた。今出ていきたい。私だよって。…けど信じられるわけないよね。こんなに今でも変わらず私を思ってくれてる裕を残して逝った私がのこのこ出ていけるわけもないし。
知れてよかった。裕がまだ私を忘れないでいてくれて嬉しい。それだけで私はこれから裕のことを裕也のパパとして見れる気がするよ、元カレ、じゃなくて。
「――それでさ、裕也が明菜ちゃんになかなか会えないって嘆くんだよ。当然だよな。明菜ちゃんは高校生なんだからさ。あ、っていうか明菜ちゃん、今年ってか今日17歳だよ。俺とお前が付き合いだした歳だな」
そっか。そうじゃん。この歳だ。それまでなんの接点もなかった裕が屋上にいる私を見つけて声をかけてきて、仲良くなって付き合った。…忘れてたのは私だったね。
裕はその時のことを嬉しそうに懐かしそうに話してる。私もそれを聞いて懐かしくなった。
「明菜ちゃんもお前と同じで歌が上手いんだ。っていつも言ってるか。それでさ、去年のコンクールで明菜ちゃんの学校が入賞したんだ。すごいだろ?」
高校初めてのコンクールには裕と早苗さんと裕也を招待した。その時のことも詳しく話す裕。
「――あ。もうこんな時間だ。実家に寄ってくからもう行くよ」
実家。そうだね。ここまで来たら裕の実家も近いもんね。私もそろそろ帰ろう。
「じゃあな。…亜季」
「ッ…裕…」
その時暖かくて強い風が私と裕の間を通り過ぎた。
「亜希っ!?」
ヤバい、見つかった?
石碑の後ろで息をのむ。なんの関係もない私がこんなところにくるなんて意味わかんないよ。見つかっても言い訳できない。
「…ってあれ?明菜ちゃん?」
「……」
どうしよう…。
「どうしてこんなところに…?」
「ゆ、う…」
あれ、なんでだろう?胸が締め付けられて苦しい。
頬に温かい涙が伝う。
「えっ、どうしたのっ!?明菜ちゃん!?」
「裕…私よ、亜季なの…」
「え…?」
馬鹿、私。そんなこと言って信じられるわけないのに。どうしても裕にわかってほしい、そう思ってる自分がいる。
「亜希…なのか?」
「…え?……信じてくれるの?」
そんな…。姿形、声、なにもかもが違うのに私だって信じられるの?そんなことって…。
「風が吹く前…亜希が俺を呼んだ気がした…」
「私…私が呼んだのっ、信じてっ」
さっきまでの慎ましい私はどこかへ。どうしても裕に私を見てほしくて衝動的に裕に詰め寄る私。
「裕っ、信じてっ!!私なのっ!!」
「ッ!?亜希っ…」
…通じた?裕の腕の中にいるってことは…。
「本当に亜希?」
「うん」
「亜希?」
「ッ…そうだよぉ…」
「亜希っ」
「裕っ」
こんなことってあるの…?魂が…心が、見えないところだけしか同じじゃないのに。
どれくらいかわからないけどしばらくそのままでいた私たち。そして同時に身体を離してお互いの顔をじっと見る。
「亜季の魂があきちゃんに乗り移った…?」
「そっちーーーー!?違うわっ」
「え…」
まさかのそういう現象だと思われてた!?ありえないっ、今の感動どうしてくれるのっ!!
「垣本亜季!!ずっと紺野明菜として裕を見てたよ!!」
「う、うそ…。…本当?」
「本当!!」
この際なんでもいいからこの場だけ乗り移ったってことじゃないことを証明しなきゃ。
「えっと…裕也っ!!裕也の運動会にカメラ係で毎年行って撮ってあげてたしっ!!いやもっと前か…初めて会ったのが集団下校で一緒に帰った裕也と裕也の家で遊んでた時でっ、ってか他にもいろいろあるじゃない!!」
どう説明したらいいのかわからなくて投げやりな気もするけどこの際なんでもいい。
「亜季だ…」
「え、オッケー?」
「いや、わからないけどそんな気がする…」
「フィーリング!?」
「引っ越してから亜季がいつも近くにいる気がしてたんだ。それが新しいスタートを切った俺を見守ってくれるために来てくれたんだと思ってたんだけど…」
「うん。都合の良い解釈だね」
「うぅ…。亜季だ…」