バレンタイン
寒さのピークは越えたものの、まだまだコートや手袋が手放せない2月の、今日は13日。明日は世の中では女の子が男の子にチョコレートをプレゼントを贈る日、私にとっては友チョコと家族チョコと隣人チョコを贈る日だ。
あいかわらず彼氏のいない私はいつものように裕也の家にお邪魔して早苗さんとチョコを作る。
「明菜ちゃん、いらっしゃい」
「あ、お邪魔してます」
1階の和室から出てきた裕。…いたんだ。いつもは出かけてていないんだけどな。しかもカメラなんて持ってどうしたんだろう。
「裕也ー!!今日はパパと公園に行こう」
裕は2階に向かって裕也を呼んだ。
ああ、裕也と遊びに行くのか。
と、思っていると裕也が2階の自分の部屋から出てきて首を傾げて言った。
「え?僕今日あきちゃんとお菓子作るんだけど?」
裕也は毎年私と一緒にチョコを作るんだ。特にそうしようって決めているわけじゃないから、遊びに行きたかったら行っていいんだよと私が言うと裕也は首を横に振って階段を下りてきた。
「バレンタインなんだから裕也はお邪魔だろ?パパと遊ぼう」
「裕也パパはいつも仕事で忙しいから裕也と遊びたいんだよ。裕也も遊びたいんじゃない?」
「いいの。あきちゃんとお菓子作る」
裕也がもう一度はっきりそう言うと裕はよし、それじゃあ作っているところを写真に撮ろうと言う。
裕は子供好きで、ましてや自分の子供は可愛すぎるだろうにいつも忙しいからね。
こうしてお菓子作りが始まったんだけど私と裕也が湯煎でチョコを溶かしていると隣で何度もシャッターの音が聞こえて煩い。
「ちょっと裕也パパ…。こっちじゃなくて前から撮った方が裕也を撮りやすいじゃないですか…。っていうかそこで撮られると邪魔です」
裕とこの姿で話すのは今でもやっぱり緊張する。どうやって話そうかと思案した結果、敬語は使うけど以前のような口を利くことにした。
「明菜ちゃんはあいかわらずきついなぁ」
「すみません、こういう性格なんで」
「ははっ。けど今日は明菜ちゃんのこともたくさん撮るからここでいいんだよね」
「パパ、パパ。正面から僕とあきちゃん一緒に撮って」
「ああ、それがいいですよそうしてください」
「あー、それもそうだね」
裕のたくし上げによって結局裕也と揃ってポーズを決めて写真を撮られたあとは、真面目にチョコ作りをした。
出来上がったのはトリュフとクッキーだ。友達に渡す分を袋に詰めて家族の分を包んでから早苗さんが淹れてくれる紅茶で恒例のお茶会を始める。いつもと違うのは裕がいることだ。
「あー、おいしいなー」
裕は自分でもお菓子を作るほどの甘党。いつも直接渡すこともできなくて会った時にお礼を言われるだけだったからこうして目の前で食べている姿を見ると懐かしい。
「これはあきちゃんがつくったのだよ」
「あら、よくわかるわねぇ」
「…だって形が早苗さんが作ったのと違っていびつですもんね」
うって変わって私は料理が苦手だ。特に分量を正確に測るお菓子は苦手中の苦手。だからそれは早苗さんにお任せする。トリュフを丸く丸めるのも大きいのがあったり小さいのがあったり…。早苗さんも裕也も綺麗なのにな。
「あきちゃん、美味しいよ。食べてみて」
「うん。ありがとう。美味しいね」
そして毎年裕也にこうやってフォローされるんだ。純粋な裕也の笑顔を見て私は美味しい美味しいと言う。けど味は他のと同じに決まってるんだよ、裕也。
「そういえば明菜ちゃん、高校が決まったんだって?」
「パパ、今更よ」
「仕方ないだろ?会ったの久しぶりなんだから」
そう、私はこの前少し遠いけどレベルの高い公立高校に合格したんだ。
「おめでとう。なにか欲しい物はあるかい?」
「そんな、いいですよ。気持ちだけ貰っておきます」
「そうかい?んー、でもなぁ…」
クッキーを食べながら唸り出す裕に私と早苗さんは苦笑い。
「あきちゃん、あきちゃん。お歌うたって」
「え?歌?」
裕也からの突然のリクエストだったけどお腹もいっぱいでなんだか歌いたい気分かもしれない、と思った私は椅子から立ち上がった。
「それじゃあ一曲」
アカペラで裕也と何度も歌っているBelieveを歌う。小学6年生の時の学芸会でこの曲を少しソロで歌ったことを思い出す。
歌い終わった後、3人が拍手をしてくれた。
「すごいすごいっ」
「本当、あきちゃんは上手よね」
「ありがとうございます」
裕がまだなにかを考えてるようだけどなんなんだろう…。
「どうしたの、パパ」
「んー?明菜ちゃんってこの曲好きなんだ?」
「まぁ、はい」
「そうなんだ。いや、なんでもないよ。上手だね」
「どうも」
Believeって小学生の歌の教科書に絶対といっていいくらい載ってるよね。前世でも好きだった曲だ。流行りの歌もいいけどこういうみんなが知ってて元気を貰えるような歌ってなかなかない。だから今もこの歌が一番好き。
裕也と2人でもう一度Believeを歌う。
「ねぇ、あきちゃんと僕はいつ一緒の学校に通えるの?」
「うん?えっと、大学、かな」
裕也と私は4つ違いだから丁度私が卒業する年に裕也が入学することになる。同じ学校に通えるのは小学校までだ。私たちの進路がわからないけど可能性があるのは大学だよね。
「大学って?」
「小学校の次が中学校、その次が高校でそのあとが大学よ」
「それってずーっと先なの?」
「そうだねぇ。まだまだだね」
「そっかぁ…」
そう言って残念そうに俯いてトリュフを食べる裕也。ああ、可愛いなぁ。
「裕也。学校で会えなくてもこうやっていつでも会えるじゃん」
「うーん」
「裕也はサッカーがあるし明菜ちゃんは部活があるもんな」
「高校生になったら今よりもっと会えなくなっちゃうわねー」
2人とも…。私もそう思うけど裕也のために言ったのに。最近は受験勉強で去年も部活が忙しかったからそこまで裕也と遊べたわけじゃないんだよね。裕也も平日は部活で休みの日はクラブで大忙しだし。
まったく、子供も楽じゃないね、って思うけどそう言ったらこの前お母さんにどやされてしまった。
けど大人は大人で大変なんだろうけど子供は子供で大変なんだ。
「裕也のサッカーの試合とか見に行くからさ。頑張ってよ」
「絶対?絶対見に来てくれる?」
「う、うん。都合が合えば」
裕也のつぶらな瞳を見ていたら適当なことは言えないと思った。けど都合が合えばという回答はお気に召さないみたい。
「絶対じゃないんだ…」
「裕也。わがまま言っちゃ駄目よ。あきちゃんも忙しいんだから」
「そうだぞ。わがまま言ってばかりじゃ明菜ちゃんに嫌われちゃうぞ」
「えっ!?」
え?そんなに驚くことかな?
私は裕也に嫌うわけないよ、と笑って言うと裕也はよかった、と笑ってくれた。
「パパ、いじめちゃ駄目じゃない」
「いじめてないさ。だけど本当に裕也は明菜ちゃんが好きなんだな」
裕の言葉に以前の裕也なら大好きだよって言ってくれてたはずなのに裕也は黙り込んでしまった。
どうして?もしかして私が嫌われちゃった?ついに姉離れか?
いやいや、そんなことにはさせないぞ。
「裕也ー。私は裕也が大好きだよー」
「…僕も好きだよ」
嫌われてないみたい。ちょっと間があったけど気にしない。
「私、裕也が大好きだから絶対試合見に行くよ」
ガッツポーズでついそう言ってしまったけど、まぁなんとかなるだろう。
だけど実際はそうもいかず、高校に入った私は思った以上にハードなスケジュール。なんとか日程を合わせて会うたびに大きくなる裕也の成長に驚くことになった。