夏祭り
私が裕と再会してから4年が経ち、私は中学3年になった。裕也は私と初めて会った時と同じ小学5年生になっている。
裕はかなりの重要な役職に就いているらしく、ほとんど会うことがない。けど裕也の誕生日と私の誕生日には必ずどちらかの家でパーティーを開いてそこで裕には会っている。
裕との距離が掴みづらい私にとってはありがたいことで、私は4年間、裕と再会するまでとは違うけど仲良くなった早苗さんと弟みたいな裕也と充実して楽しい日々を過ごしている。
そんな今日は裕也と夏祭りに出かける予定だ。
「お母さーん、行ってくるねー」
「気を付けるのよー」
「はーい」
この年になるとまだ少し違和感があるものの、周りと対等に話ができるようになってきた。しかも前世の記憶があるから勉強はわかるし受験勉強が楽なんだよね。といいつつも真面目に受験生をやって有名進学校を目指している私。
浴衣を着た私が裕也の家の呼び鈴を鳴らすと早苗さんが出迎えてくれた。
「こんにちは」
「こんにちは。いつも裕也の相手ありがとうね」
「そんなことないですよ。裕也と遊ぶの楽しいんで。それよりうちの将兄がすみません…」
「あら将斗君いい子よ。それにうちのこと手伝ってくれるから助かってるわ」
2つ上の将兄は受験生でもないのに真面目だから家にいると健兄が煩いから勉強ができないと言ってよく根本家の一室を借りさせてもらっている。今も昨日から居候させてもらっている。
「ママー。あきちゃん来たのー?」
「来たわよー。早く支度しなさい。ごめんなさいね。今帰ってきたばかりなの。上がって待ってて?」
「あ、はい。お邪魔します」
部活が休みの私に対してサッカークラブに通っている裕也は今日も練習に行っていてさっき帰って来たらしい。早苗さんに紅茶を出してもらって私はリビングの椅子に座らせてもらう。
「それにしても…」
「どうしたんですか?」
「あきちゃんは浴衣がよく似合うわよねー」
「毎年言ってもらってますよ。ありがとうございます」
「年々大人っぽくなっていくんだもの。女の子の成長ってすごいわ」
「同じ台詞去年も聞きました」
「あら、そうだった?」
「ふふ。はい」
「けどこっちに越してきてあきちゃんたちに会ってもう4年も経つのねぇ」
「早苗さんも見違えますよ」
「やだ、それって前は全然母親らしくなかったってこと?」
「違いますよ。今もですし」
「酷いわっ」
「冗談ですよー」
「うぅ、わかってるけどあきちゃん私をからかうの好きでしょ」
「だって楽しいんですもん」
「大人をからかうんじゃありません」
「はーい」
私の感覚的には早苗さんは後輩って感じだからそんな風に接してしまうんだよね。さっきはああ言ったけど早苗さんの母親っぷりは見事だ。私の母親を見てきてるから肝が据わってきたというか。前みたいにおどおどしなくなってるし学校のPTAにも積極的に参加してるんだって。元々消極的な人だったから自分でも驚いてると言っていたな。
「お待たせあきちゃんっ」
「あ、裕也」
小学5年生とは思えない身長で爽やかな笑顔の裕也。いやぁ、私なんかより裕也の成長に驚きだよ。
「あきちゃんどうしたの?」
「なんでもないよ。行こう」
「うん」
「裕也。あきちゃんに迷惑かけちゃだめよ」
「わかってるよママ。行ってきます」
「行ってきまーす」
「いってらっしゃーい」
この辺りで有名な花火大会で去年とかは健兄たちも一緒だったんだけどさすがにもう彼女さんと2人で行きなよと私が言ったから今年は裕也と2人だ。
会場に着くとそこは既に人で溢れかえっていた。
「うわぁ、いつものことだけどすごいね」
「たくさんだねぇ」
「うん。はぐれないようにおてて繋ごう」
「うんっ」
「裕也、まずなにが食べたい?」
「んーと…。あれ!!」
「リンゴ飴だね。よし行こうっ」
裕也が元気に指差したリンゴ飴を買って歩きながら食べていると早速将兄を発見した。
「あー将兄ちゃんだっ」
「よう裕也」
「裕也君、こんにちは。あきちゃんも久しぶりね」
「こんにちは!!」
「お久しぶりですっ」
将兄の彼女さんは付き合って半年くらい経ってて家にも何度か遊びに来てる。可愛くて優しい彼女さんなんだ。
「裕也。将兄の邪魔しちゃ悪いから行こうね」
「邪魔?」
「もうあきちゃん…」
「裕也、あきにいっぱい奢ってもらえよー」
「うん」
「じゃあな」
「バイバイ」
奢るって紺野家のお金なんだけどまぁ、それはどうでもいいっか。将兄たちと別れて裕也は興味を持ったものがあったみたいで突然走り出した。
「あきちゃんあれ見て!!」
「ん?あ、大きなわんちゃんだね」
その犬は真っ白のサモエド。ふさふさの毛並みがとても綺麗だ。私はじっと見つめている裕也の手を引いてその犬に近づく。
「すみません。わんちゃん触ってもいいですか?」
「ええ、いいわよ」
飼い主さんに許可を貰って私は犬の背中を撫でる。
「ふわふわだぁ。裕也、ほら、触ってみな」
「こ、怖くない?」
「ボク、この子はとっても大人しいから大丈夫よ」
「本当?」
「裕也、平気だよ」
裕也は少しづつ犬に近づいてそっと撫でてみた。
「うわぁ…」
「ね、平気でしょ?」
「うんっ」
しばらくそうして撫でてから飼い主さんにお礼を言った。
「裕也。あんなに大きなわんちゃん初めてだったね」
「うん。大きかった」
「ほんとだね。そうだ。小学校で飼ってるウサギは元気?」
「元気だよ。僕、今週当番なんだ」
「そうなんだぁ」
「僕あきちゃんに言われた通りウサギさんが気持ちよく過ごせるようにお掃除頑張るんだっ」
「うん。きっとウサギさんも喜ぶよー」
動物と触れ合う機会が多いからかわからないけど裕也はとっても優しい子。一緒にバスに乗っている時もよくおばあちゃんおじいちゃんに席を譲っているし、なんだかそういう所を見ると嬉しくなるんだよね。
「あっ、あきちゃんっ」
綿あめ、次は金魚すくい、そしてじゃがバター。出店を満喫しているとドーンと花火があがる音がした。
「始まったみたいだね」
「うん、あきちゃんいつものとこ行こう」
「そうだね。行こう行こう」
私たちが毎年行く穴場スポット。来る人が少ないから出店を満喫してからでもバッチリ綺麗に花火が見れるんだよね。
私と裕也は金魚を入れたビニールを片手に並んで座る。
次から次へとあがる花火に見入っていると騒ぎ声が聞こえてきた。…この声って――。
「あれ?健兄ちゃんと将兄ちゃんの声だ」
「うん…。そうだね」
やっぱりか。ここで鉢合わせたのだろう健兄と将兄が言い合いをしながら歩いてきた。その隣には2人の彼女さんがいる。
「健兄、将兄。彼女さんほったらかしでなにやってんの」
「あきーーーーー」
「健兄うざい」
健兄のシスコンはあいかわらずだ。この兄をいつものことだと笑ってくれる健兄の彼女さんの友里子さんは健兄の小学校時代からの付き合いで1年前から恋人になった。小学校の時からこのシスコンさを見ていたから頑張ってあきちゃん、なんて応援される。…ほんと健兄も将兄みたいにシスコン卒業してくれないかなぁ…。もうこのままじゃ一生無理だと思うけど…。
「あきっ。会いたかったー」
「今朝会ったじゃん」
「今朝よりもっと可愛くなってる」
「んなわけないでしょ。友里子さん、笑ってないでどうにかしてください」
「紺野兄弟って見てて飽きないんだもの」
「健兄、近所で笑いものだよ。いい加減やめろよな」
「お前はあきのこの可愛さがわからないのかっ」
「将兄は由美さんが一番可愛いんだよ」
「「なっ…」」
この…。半年付き合ってまだ初心なカップルだなぁ。将兄と由美さんが顔を赤くしてしまってそれを私は友里子さんと顔を見合わせて笑う。
おっといけない。裕也を置いてきぼりだ。
「裕也ーごめんねー」
「え?なにが?」
うん。裕也は花火に夢中だったみたい。気を取り直して私も花火に集中だ。
最後の特大花火を見てから健兄も将兄も彼女さんを家まで送りに行った。私と裕也も2人並んで帰る。
「将兄も、なんだかんだ健兄も彼女さんとラブラブだねぇ」
「そうだねー」
「裕也は学校で好きな女の子いないの?」
もう小学5年生だもんね。今まで聞いたことなかったけど裕也にも好きな子いるのかな?
「好きな女の子?」
「質問で返されちゃったかー。うん。裕也サッカーしてるし、女の子にモテるでしょ。告白されたりしないの?」
「あー。うん。告白はされるよ」
「やっぱりかぁ。ってか最近の子はいろいろ早いんだもんね。そっかそっか…」
私なんて高校の時裕とが初めてだったのに…。っていうか今もまだ彼氏いないけど…。やっぱり周りではみんな彼氏いるし私だけなのか。そっかそっか。
「で、付き合ってる子はいないの?」
「いないよ?」
「いないのー?じゃあ好きな子がいるんだ?」
「うん」
「えぇっ!?今度はあっさり!!誰誰?私の知ってる子?」
「うーん…」
「あ、あれ?裕也…?」
なぜか裕也は難しい顔をして私の手を離して先に歩いて行ってしまう。…難しい年頃なのか?もしかして裕也は高嶺の花を好きになってしまって口にも出せないとか思ってるのか?…いや、考え過ぎかな。うーん?裕也の好きな子ってどんな女の子なんだろう。
私は草履で歩きにくいけど駆け足で裕也の元に駆け寄る。
「ね、裕也の好きな子って早苗さんみたいに可愛くてホワッてした子?」
「ううん」
「違うのか。んー、じゃあ逆に男の子っぽい子?」
「うーん…」
「迷ってる…。可愛いなぁもう裕也は。あ、もしくは文学少女とか?」
「お勉強は得意かな」
「お、ようやく情報ゲット。でもこれだけじゃわかんないよー」
「……」
「あ、もう裕也の家ついちゃったね」
話していてあっという間に裕也の家についてしまった。結局裕也の好きな子についてはわからない。まぁ、いつか健兄たちみたいに紹介してくれるのを楽しみにしてよっと。
「ねぇ、あきちゃんっ」
「ん?」
「あきちゃん大好き」
「ふふっ。私も裕也が大好きだよー」
「バイバイっ」
「おやすみ裕也」
裕也が家に入るのを見届けて私も家へ向かう。
あーあ。可愛い弟がいつまであんな風に私のことをあきちゃんあきちゃん、って呼んでくれるんだろうか。いつかあきっ、とか呼ばれたら私悲しくて泣いちゃうかも。
中学に上がったらもうその時が近くなるか…。ああ、恐ろしい。