秋の大運動会
「5年生のみなさん退場。次の種目は6年生による騎馬戦です」
今日は秋の大運動会。天候は晴れ、絶好の運動日和です。といっても私は運動が苦手だからあんまり嬉しくない。前は結構運動はできていたんだけどこの身体はどんなに頑張っても身体は柔らかくならないしすぐコケるし、パパの運動音痴が遺伝してるのかも。
そういうパパは休日出勤。裕も仕事らしくて早苗さんが写真を撮るのに張り切っていた。そうそう、私もママも裕也君を楽しみにしてるんだよね。公園に遊びに行った時に裕也君の足がとっても速くてフリスビーにすぐに追いついちゃったり。裕也君の活躍が楽しみだな。
私は今の徒競走が終わって保護者席へ向かっている。ママと早苗さんは…と
「あ、いた。ママー!!裕也ママー!!」
「あきちゃんお疲れさま」
「ちゃんと写真撮ったわよ」
「ビリのとこを撮られても嬉しくないよー…」
「いいじゃない。必死さが伝わってくるわよ、ほら」
最後って無駄に目立つから嫌なんだよね…。ママが撮った写真を見て苦笑いを浮かべる。
「見てあきちゃん。私も撮ったの…ってあら?」
「どうしたんですか?」
「あらー。これはまたすごいわね」
早苗さんが撮った写真は決して速くない私が見事に写真の端でギリギリ写っているだけ。
「なんだか明菜が速いみたいでいいじゃない」
「うわー…どうしましょう…」
「裕也君の写真私が撮りますよっ」
「お願いできる…?」
「はいっ」
裕也君の50メートル走はこの次の種目だ。私は早苗さんからデジカメを受け取って操作を確認して試しに撮ったりしてみた。
「あきちゃん上手ねー」
「デジカメの性能がいいだけですって」
「早苗さんって機械苦手?」
「そうなんです…」
「慣れれば大丈夫ですよ」
と、話していると入場のアナウンスがされて裕也君たち1年生が入場してきた。ママ達の場所取りがよかったからここから上手く撮れるだろうな。
パシャパシャと待機中の裕也君を撮っている。
「あ、次よあきちゃん」
「任せてくださいっ」
“いちについて、よーい”
よーいでめいいっぱい構えている姿がとても可愛いっ。ここも激写。
“ドン”
「裕也ー頑張れー!!」
「裕也君速い速いっ」
よしっ。完璧だ。走っている姿も見事1着でゴールしてゴールテープを切る瞬間もしっかり写真に収められた。
「本当すごいですねー」
「本当明菜とは大違いね」
「私はいいでしょママ」
「あきちゃんも速かったわよ」
「哀れになるんでそういうのはいいんですー」
ぐすん。ま、もう諦めてるから私のことはどうでもいいんだ。
「それより写真、これどうですか?」
「すごーい!!きれー」
「裕也君嬉しそうねー」
「だよねー。かわいいなぁ、もう」
「ありがとね、あきちゃん」
「いいえ。あ、そうだ。ダンスも私が撮っていいですか?」
「お願いしていい?」
「もちろんですよっ」
私たち4,5,6年生は組体操をやるんだけど1,2,3年生はダンスをやるんだよね。ポンポンを持って練習してる姿、可愛かったなぁ。なんとしても綺麗にたくさん写真に残さなくちゃ。そしたら焼き増しして貰おう。
そのあと私は救護係の仕事をしたり競技に出たりして、お昼になった。ママの所へ行く前に裕也君の所へ向かう。
「裕也君っ」
「あっ!!あきちゃん!!」
「お昼食べよう」
「うん!!」
裕也君の手を握ってママ達の待つシートへ向かう。
「あきちゃん僕のこと見てくれた?」
「ばっちり見てたよ!!かっこよかった」
「えへへー」
「裕也君は本当にかけっこが速いねー」
「僕あきちゃんが走ってるのも見たよー!!」
「え。私は遅いから見なくていいんだよー」
「僕大きな声で応援したんだっ」
「そうなんだぁ。ありがとう」
裕也君に恥ずかしい姿を見られた…。しかも大きな声で応援してくれたのにビリなんて…。来年はちょっと頑張ろうかな。
「あ、ママー!!」
早苗さんを見つけた裕也君は私の手を握ったまま走り出した。おー、本当に速いなぁ。まだ1年生だけどもっと大きくなったら裕也君についていけなくなるんだろうな…。
「裕也、あきちゃん、お疲れ様ー」
「ママっ、僕のこと見てくれた!?」
「見てたよ。あきちゃんが写真も撮ってくれたからあとでパパにも見てもらおうね」
「本当!?見せて見せてっ」
裕也君が写真を見てる間に私はレジャーシートの上に足を伸ばして座って飲物を飲む。
「しっかりしなさいよ、明菜」
「いやーもう年だね」
「馬鹿言いなさい。小学5年生が」
「あ、ごめん。ママに失礼かな」
「明菜ー」
「ごめんごめんっ。ね、早くお弁当っ。ママのお弁当大好きっ」
「調子のいい子ね。はい」
「わーい!!」
ママのいなり寿司美味しいんだよね。去年までは将兄も一緒だったから将兄にいっぱい食べられちゃってたけど今日はいっぱい食べられるな。
「あきちゃん。私が作ったのも食べてね」
「はい!!ありがとうございます!!」
早苗さんは料理上手なんだ。いつも作ってきてくれるお菓子も美味しいし。
ママと早苗さんが作ってくれたお弁当を広げてお昼休憩をとる。
「あきちゃんは次鼓笛パレードね?」
「はいっ」
「あきちゃんかっこいいんだよー」
「ありがとー」
私は普段から部活で練習しているトランペットを演奏してパレードに出る。練習で何度もやっているから裕也君はいつもあきちゃんすごいと言ってくれるんだよね。
お昼休憩のあとすぐに準備をしに行かなくちゃいけないから私は早めにご飯を食べて楽器を持って整列し、しばらくすると鼓笛パレードが始まった。
吹奏楽部と4年生以上の全生徒によるリコーダーの演奏で誰もが知る名曲を何曲か演奏してパレードは終了。
この後はPTAや先生たちの参加競技があって、応援合戦があって、それが終わると私たちの組体操、そして裕也君たちのダンスをして少し休憩を挟んで最後に紅白対抗リレーをして閉会式の予定だ。
組体操がどうにか終わって係の待機場所の椅子に戻る。午後は救護係の仕事がメインだからママたちの方に行けないんだよね。だから早苗さんからデジカメを預かってある。
さて、いよいよ裕也君のダンスだ。曲が始まったと同時に裕也君たちが走り出してグラウンドの中心に集まって可愛いダンスを披露する。私は立場上救護テントから離れられないからここからカメラで裕也君を撮る。ここからでも十分裕也君をバッチリ撮ることができる。配置を考えてくれた誰かわからないけど先生に感謝だね。
「あっ!!」
裕也君が隣の男の子にぶつかって転んでしまった。…え、大丈夫なのっ!?
裕也君はすぐに立ち上がったけれど膝から血が出ていてすごく痛そう。だけど裕也君は頑張って最後まで踊りきった。
私は退場門の所まで走る。そこでたくさんの子どもたちの中から裕也君を探しているとあきちゃーんと呼ぶ裕也君の声が聞こえて私は裕也君に駆け寄った。
「裕也君っ。大丈夫!?」
「痛いー…」
「あぁ、そうだよね。よく頑張ったね」
裕也君はダンスは最後まで痛いのを我慢していたけれど私の顔を見て安心したのか泣き出してしまう。
「あきちゃーん」
「よしよし。裕也君は強い子だねー。よく頑張ったよ」
「ヒック…ヒック…」
私は裕也君の背中を擦るとよいしょと裕也君を抱っこして救護テントへ向かう。
「先生っ。この子ダンス中に隣の子とぶつかって転んでしまったんです」
保健の先生にそう話しながら裕也君を下ろして椅子に座らせた。
「あらあら、よく頑張ったねー」
先生がすぐ消毒して絆創膏を貼ってくれた。
「あ、ありがと…」
「どういたしまして。いい子ねぇ」
「ん…」
裕也君は褒めてもらえると涙を浮かべたままいつものように可愛らしく微笑んだ。
「けど裕也君次のリレーは走れないね」
「えっ!?」
そうなんだ。このあと少し休憩をして裕也君も出場する紅白対抗リレーがある。だけど足を怪我してしまった裕也君は走れないだろう。
「僕走れるよっ」
「裕也君。先生も無理しない方がいいと思うな」
「嫌っ」
「んー…」
普段わがままを滅多に言わない裕也君だけどリレーは特に張り切っていたからなぁ。
「裕也君。裕也君は一生懸命練習して今日も走りたかったよね。だけど裕也君足痛い痛いでしょ?私裕也君が痛いのに無理してる姿見たくないなぁ」
「あきちゃん…」
「わかってくれる?」
「…うん」
「ん。いい子だね」
私は裕也君の頭を撫でて先生にそれじゃあ担任の先生に言ってきますと言うと裕也君がえー!!と叫んだ。
「裕也君?どうしたの?」
「僕も行く!!」
「大丈夫だよ?私が裕也君の担任の先生に話してきてあげる」
「僕も行くー…」
「うーん…」
連れていってあげたいけど無理させたくないしなぁ、と思っていると
「裕也っ」
「ママっ」
「裕也っ、大丈夫!?」
シートから見ていた早苗さんが息を切らせて駆けつけてきてくれた。
「裕也君のお母さんですね」
「は、はい」
「裕也君は強い子ですね。擦り剥けて少し血が出てしまいましたけど大丈夫ですよ」
「ありがとうございますっ」
「ママ。僕リレー出れないんだ」
「そうね。無理しちゃダメね」
「裕也君。ママ来たからママと待っててね」
そう言って歩き出そうとしたけれど裕也君に腕を掴まれてしまった私。
「裕也君?」
「僕も行くっ」
「裕也、わがまま言っちゃダメでしょ」
「行くっ」
どうしたんだろう…。いつもは素直に聞いてくれるのに…。
「そ、それじゃあ裕也君歩けないから私がおぶっていくけどいい?」
「うん!!」
「え、あきちゃんいいのよ」
「いえ。大丈夫ですよ」
普段聞き分けがいいから裕也君にわがままを言ってもらえるのも珍しいことだしね。さっき抱っこした時軽かったし、身体が小さい私でもさすがに1年生の裕也君は軽く持ち上がるんだろう。
と、いうことで裕也君を背中に乗せて心配している早苗さんに軽い軽いと言って私は裕也君の担任の先生の元に向かいリレーを走れないということを説明した。
「今年は走れないけど来年頑張ろうね、裕也君」
「うん。あきちゃん」
「なーに?」
「ダンス見てくれた?」
「もちろんだよ」
「来年は走るのも見てね?」
「うんっ」
どうやら私は裕也君にこんなにも懐かれているみたい。嬉しいな。私のお腹にぎゅっと小さな手で力を入れている裕也君が愛しくてたまらない。…ヤバい。私も健兄や将兄みたいにブラコンになりそう。
というかなる。可愛すぎる。
その日から裕也君は私に甘えることを覚えたみたいで、よく私に抱っこをせがんできたりしてくれるようになった。早苗さんが必死になってやめさせようとしてくれたけど私としては役得だから嬉しい。
運動会で撮った写真は我が家用に焼き増しして、根本家と紺野家には同じ裕也君用のアルバムができた。