モデル兼女優の恋愛ってこんな感じでいいのかな?たぶん違う気がする。
「はい、OK。お疲れ!!」
「ありがとうございました。お疲れさまです!」
撮影終了。出口に向かう途中に聞こえてくる、様々な方向からの『お疲れさまコール』に対して、適当な笑顔を添えて返事をする。返事と言っても、オウム返しをしているだけだけれども。
今日は雑誌の撮影。お仕事はこれで終わり。帰ったらなにをしよう。帰り支度をしながら、家に帰って何をするかを考えるのが、最近の楽しみになっている。
夕飯。は、もう10時を過ぎているのでやめておこう。お風呂は半身浴。今日は二時間くらいできるかな。この間入れたばかりの曲を聞きながら、読み終わっていない雑誌を読もう。考えただけでも至福の時間。お風呂から出たら、お肌のケアが大切だよね。特に『こういう』お仕事をしていると。お肌の乾燥は顔だけではなく、全身が乾燥気味なのではないかと気になっていた。ボディーバター使いまくっちゃお。うちにボディーバターあまってたかな。
支度も終わり、スタジオの廊下を見渡す。あら、マネージャーがいない。とりあえず、車が止めてあるであろう駐車場へと向かおうか。ここは待つべきか。廊下でうろうろする羽目に。こういうなにもしていないときに必ず考えてしまうことがある、
気になっていること。お肌の乾燥が気になっている。お肌の乾燥以上に気になること。
「みなみさん、すみません。お待たせしました。」
振り向くとそこにはホットのお茶と、これまたホットのミルクティーを持った、私のマネージャー。
「どこ行ってたのー?」
ちょっと怒りながら言う私。可愛くないな、と自ら思い直し、沈没。
「今日は外が冷えているので、温かいものでもと思い飲み物を買ったのですが、いりますか?」
キュン。
最近気になるものランキング堂々一位は、そう。
マネージャーです。
本名、佐藤秋人髪の毛は無造作にセットされた黒髪に、頭良さげそうに見えるださださ銀縁メガネ。程良く着こなしたスーツ姿。見た目だけならどこにでもいそうな、私より7つ上にはまるで見えない、童顔の持ち主。
私はこの人が気になる。
いや。
むしろ、この人が好きなんです。
不思議そうに黙ってうつむいている私を見下ろしていた彼は、あまりにも私が黙っているのを不審に思い、目線をあわせるようにしゃがんできた。
「もしかして、いりませんでした?」
彼がそういった瞬間、腕に抱えていたホット用の小さいペットボトルが廊下に落ちて転がった。態勢を低くしようとして、腕からペットボトルが滑り落ちたらしい。
まったく、ドジだなー。と、思いつつも、実際そういう面が嫌いではなかったりする。
「もう、なにやってんのー?ちょうど甘いものを口にしたいなって思ってたところなんで、紅茶のほう下さい。」
そういって、取り上げたペットボトルの片方を自分のものと主張するように腕に抱え、もう一方のお茶を差し出した。佐藤さんは差し出されたそれを受け取り、もう片方の手で私の肩に掛けていたカバンも持ってくれた。
「あはは、すみません。拾っていただきありがとうございます。えーと、車はすでに表に回しておきましたので、帰りましょうか。」
「うん。」
ありがとう、は絶対に私のセリフなのに言っていない私。佐藤さんはこんなにも気を遣ってくれるのに、感謝の言葉すら言えないなんて。こうやって、自分の行動に反省する帰りの車の中はいつものこと。ミルクティーの甘さと温かさだけが、唯一私の心を慰めてくれる気がする。
車の中に私の好きな曲が流れているだけの空間。会話がないのを心地よく感じる。
「また、週刊誌に取り上げられていましたよ。」
突然、佐藤さんが口を開いた。
「そうなんだ。ただ一緒に食事しただけなのに。」
適当に返す。先月から連続して取り上げられるのは、最近ドラマで共演した俳優との食事のシーン。今回もそんなところだろうと思う。別に食事するだけの仲なので、その先の展開を勝手に推測され書かれた記事なんてでたらめばっかりで、よくもそんな話が作れるものだな、と関心さえできる記事まである。
本当にどうでもいいこと。だって、本当に好きなのは佐藤さんだし。でも、食事をするたびに写真を載せられるのには、そろそろウンザリしてきた。
世間からそういう目で見られるのが嫌だ。
佐藤さんは何もないこと知ってる。でも、週刊誌を見ただけの世間の評価はどういうものか。勝手に信じるんだろうな~。相手の方のファンの方々からの支持がなくなりそうだな~。などなど、不安は募りまくります。うー、怖い怖い。
考え込んでいると、いつのまにか家に着いていた。車から出る前に明日のスケジュールの確認をする。と言うよりも、強制的に聞かされる。
「明日は、朝8時にお迎えにあがります。そのまま、ドラマの撮影に入ります。明日は1日ドラマの撮影となりますので、台本の確認をーーー」
「はいはい、わかってますよ~。とにかく、明日8時に家から出れば良いんでしょ?台本もしっかりと見直しておきます~。」
二人で車から出て、佐藤さんはいつものセリフを言ってくれる。
「お疲れさまでした。」
佐藤さんの言ったこの言葉が、他の誰から発せられた言葉よりも胸に響く。
そして、私もーーー
「お疲れさまでした。」
そういって、家の中に入っていく。
たったそれだけのこと。それなのに彼が別れ際いつも見せてくれる笑顔に、幸せを感じてしまう。
お天気良好、撮影順調、気分上々、お肌もちもち、ターゲット、ロォックオーン、視界に佐藤さん。
最高です。
今は撮影の空き時間。イスに座ってペットボトルのミネラルウォーターで喉を潤しながら、横目で佐藤さんガン見。立ちながら手帳を持ち、もう片方の手でページをめくりながら、肩と耳で携帯を挟む形で誰かと電話している。内容は当然私のお仕事についてだろう、と予想がつく。昨日ペットボトルを落としたように、ドジなところがあるから持ってるものどっちかを落としそうで心配になってしまう。そわそわとしながら佐藤さんを見ていると、突然後ろから肩をつつかれる。
「りーえーなーさん!佐藤さんのこと見すぎですよー。」
驚きのペットボトルを落としてしまった。
「びっくりしたー。私そんなに見てました?」
にこにこと、うんうん、と頷いて全身から元気オーラを出している彼女は、私の仲良しのメイクさんである、桜井リコさん。明るめの茶髪を、高い位置でポニーテールしている姿がとっても似合っている。リコさんは私が佐藤さんを好きだというを知っている、唯一の相談相手。
休憩時間ギリギリまでリコさんと話していた。リコさんの話しはとても話し上手な方なので、話しが途切れることはなかった。話し続ける隣で、私はずーっと笑い、そして時々佐藤さんをちら見。そのたびにリコさんに指摘されてします。
ずっとにこにことしながら話していたのに、リコさんは突然話すのをやめてしまった。リコさんの目線が私の頭上を捕らえていたので、何だろうと思い見上げると、そこには共演者の、西城環が立っていた。最近人気のある俳優で、年はだいたいアラサー。こんなこと共演者に思っちゃいけないんだろうけど、私が真っ先に思ったのは、『げっ。こっちくんな。』だった。この人が、私が週刊誌に乗せられる原因。初めのうちは共演者だし、仲良くしておこうと思って誘いに断りもしなかったけれど、もうあと少しで今回一緒のお仕事も終わるため、誘われたら断ろうかと思っていた。もう週刊誌に取り上げられるのにもうんざりですし。
「りこちゃん、ちょっと莉栄奈ちゃんと二人にしてもらっていい?」
わかりました~、といって去り際に、私を心配そうに見つめてくれるリコさん。なんて良い人!リコさんは当然週刊誌の相談もしているし、私が西城さんを少し苦手に思っていることも知っている。
「莉栄奈ちゃん、今日の夜明いてる?まーたこの前みたいにご飯どうよ?」
「すみません。今日は家族と食事をすると約束したので、今日は帰らさせていただきます。」
「あら~そっか、それは残念だな。まぁーでも次に期待するよ。」
西城さんは自分のマネージャーの方へと戻っていった。次とかありませんよ。ふと視線を横にずらすと、佐藤さんがこちらを見ていた。ような気がした。相変わらず、忙しそうにディレクターさんと話しをしている。駆けつけてきてくれたリコさんに断ったと報告をすると、安心したと言ってくれた。
それからも撮影は順調に進められた。そして無事に今日の仕事も終わった。
「次回は西城さんと南さんのキスシーンから入ります。では、南さんお疲れさまでした。」
スタッフがそういい残して、また自分の持ち場へと戻っていった。
キスシーンなんて聞いてない。
私は佐藤さん目掛けて突進し、畳みかけるように質問を浴びせた。
「キスシーンって、どういうこと!私こんな話聞いてない!なんで!」
「話しはすべて車の中でします。今は着替えが先です。」
冬場なのに、衣装として半袖を来ていた私に、佐藤さんは自分のスーツを私の肩に掛けてくれた。こんな時でさえ優しい。でも、いまはそんなことを考えていられる余裕がなかった。
車の中。私たちは無言だった。今日は音楽もかけていない、風景だけが流れる車では、気まずさだけが漂っていた。
初めこのドラマに私のキスシーンはなかった。主役でもないし。ヒロインのお友達設定になっている。それなのに、どうして主役の西城さんとのキスシーンなのか、意味が分からない。西城さんとキスするのは、ヒロインなのに。
突然佐藤さんが、なにもない場所で車を停めた。そして無言。運転席に座っている彼が遠く感じる。さきに沈黙を破ったのは、やはり佐藤さんだった。
「今日、突然言われたんです。西城さんとみなみさんは仲がいいからキスシーンを入れても良いんじゃないかって。ストーリーの展開として、ヒロインの友達がヒロインが恋い焦がれる相手と、事故であるキスを入れたら面白くなるのではないかと言う意見が出されたんです。当然こちら側は反対の意見を出しました。ですが、西城さんが『それを』強く望んだんです。私の力不足です。本当に申し訳ございません。」
芸歴がものを言うこのお仕事では、私が西城さんに逆らえないことはわかっている。でも、このやり場のない気持ちはどこへぶつけたらいいの?
「キスのことをぐじぐじ言うのが子供っぽいことはわかっている。自分でも減るものじゃないって事ぐらいわかっている。でも、佐藤さんは私が初めては好きな人としたいっていう気持ちを持っていることを知っているよね!?なんでじゃあ断れないの!!」
もう最後の方は涙声で怒鳴っているため、なにを言ったか、伝えられたか怪しいと思う。佐藤さんに当たることは、見当違いだという事、ただの八つ当たりだと言うことくらいわかっている。でも、こうでもしないとやっていけない。私が何よりもいやなのは、好きな人の、佐藤さんの前で他の男とキスすること。
無言の車に、私だけのすすり泣く声が響く。
すると、突然佐藤さんが運転席から出て行き、私の隣に座ってきた。
なぜ隣にきたのかわからなく、ポカンとしたまま隣を見ると、またまた突然腰を引き寄せられ、顎を持ち上げられた姿勢を、狭い車の中で取られた。
「そんなに好きな人とキスしたいなら、今ここで俺のこと好きになってください。」
いつものださださメガネをいつの間にか外していたため、佐藤さんの素顔が私の目の前にあった。まだ何も返事をしていないのに、彼はいきなり唇を重ねてきて。
今まで優しさしかみれなかった、彼の中の初めて見せた強引な一面。
「好きになっていただけましたか?」
そうつぶやいたあとも、まだまだ離れることを知らない唇。
「俺は、みなみさんが好きになってくれると言うまでし続けますよ?」
彼の言葉に答えたいのに答えることができない。変わりに彼の背中に回した手に力を込め、彼のシャツを握りしめて彼に答えようとする。
その時一瞬見せた彼の笑顔の中に、意地悪な笑顔を見つけたことを、私は一生忘れないだろう。
翌日。
「カットーー!」
監督の声が響いた。私はすぐに目の前の男を突き放した。
そして、振り向いて駆け出す。
好きな人とのキスシーンをみんなに見せつけるために。