第26杯 ②
cafeハイツの自動ドアをくぐったら、マス姉と藤井くんが出迎えてくれる。
藤井くんもマス姉も心配した口調で洋輔と話をしながらcafeへ入った。
あたしもそれに続いてcafeへ。
大家さんもカウンター内で心配そうな顔をしている。
「董子ちゃん、洋輔くんと連絡とれなかったって……」
大家さんに言われ、あたしは洋輔たちがいる後ろの方へ視線をやる。
「はい、でもあの通り彼は大丈夫みたいです」
「そう、それは良かった」
ホッとしたというような口調で大家さんは手を動かし始めた。
「それじゃあ、コーヒーでも」
「はい、お願いします」
「今日はマキネッタで淹れようかね」
「マキネッタ?」
大家さんの言葉を繰り返して首を傾げるあたし。
「本場イタリアではこの器具で淹れるんだよ。董子ちゃんは初めてかい?」
「たぶん、初めてかも」
「そう、そじゃ淹れるから待ってておくれ」
大家さんがそう言って器具を手に取る。それからガスコンロへその器具をのせた。
「これがね、マキネッタ」
大家さんが使ってない方の器具を見せてくれる。銀色したアルミ製で出来た器具。
それは簡単に3つの部位から出来ている。
上部ポット(サーバー)・バスケット・下部ポット(ボイラー)と説明してくれた。
「水を直火にかけて沸騰させ、生じた蒸気圧を利用してコーヒーを抽出する器具なんだよ」
「いい香り」
「この器具で淹れるコーヒーは全てをモカコーヒーと呼ぶんだよ」
「モカってチョコとかじゃなくてですか?」
「ああ、銘柄のでもなくてね。名前の由来は、何世紀にもわたって極上コーヒーの集積地だったイエメンの町モカ(Mocha)にあるんだよ」
「そうだったですね」
「ああ。それじゃあ、モカコーヒーを皆でどうぞ」
後ろから来たマス姉も運んでくれる。
それぞれがカップを2個ずつ運ぶ。洋輔、藤井くんがいる場所へ。
あたしとマス姉からそれぞれ受けとるとお礼を言って飲むのだった。
ある程度、3人の会話は終わっていたみたい。
「じゃ、親父さんとさしで話して来た訳か」
4人テーブルであたしの隣のマス姉がそうぽつりと言った。
「あの頑固親父に今までの約束はなしで、俺は大学へ自分の為に行くって言ったよ」
「洋輔、お前……」
「なんだよ、慎一」
隣に座る藤井くんを文句言いたげな表情で洋輔が見る。
「いや……見直したよ」
「あのままじゃ、誰のためにもならないってわかったからな」
「それにしても、よく考え変わったね?」
洋輔の眼差しが発言した向かいに座るあたしへ向く。
あたしに対して、今まで見せた事のない感情があらわれている気がした。
それはあたしを捕らえて放さない。
あたしを見つめたまま洋輔は答えた。
「まぁな。でも親父に言われた事……その時は特別なモノじゃなかった」
話す事で藤井くんが洋輔の視線を、自分に向けさせるのだった。
「なんて言われたんだい?」
「まだお前は何の経験も、人ともこれからなんだぞって」
「そんな事を……」
「俺は反発ばかりで何もわかってなかった――」
洋輔は自分の頭を苛立つように頭を掻く。
「今は、前の自分と今の自分との間に微妙にズレが……自分でもよくわかんねぇけど」
お手上げという口調で最後にそう言った洋輔。
洋輔の様子に何を言っていいかわからなくて、あたしも藤井くんも見守るしか出きないでいた。
あたしはなぜか漠然と感じるのだった、自分でもなく藤井くんでもない、それは年上のマス姉の役割だと。
「近いうちにそれがわかる日が必ず来るって」
マス姉が気がたつ洋輔の手に自分の手を重ねてから彼を慰めるのだった。