第19杯 ②
調子のいいこんな弥生にも、いつもの感じで優しく会話を続けてあげる藤井くん。
「ホントに、そうだね。ケンカする程、仲がいい。俺はそんな相手がいるの、うらやましいよ」
藤井くんがそう言い終わると一瞬あたしと洋輔を見たような気がした。それは気のせいだったのか、ふたりの会話は続く。
「あたしもうらやましいな。なかなかいないですよね」
「ああ、そうだね」
ふたりの会話を黙って聞いていたあたしは、ある事に気づく。そう言えば、ふたりが会話しているの初めて見た気がする。あたしがここで研修に来てない時に、ふたりは話とかしていたのかも。会話がぎこちなくないのが証拠で、初めて会話した感じじゃない印象を受けた。
すると、ふたりの会話に見兼ねた洋輔が意見し始める。
「おいおい、俺とトウコは犬と猿の仲だから、うらやましいなんて、意味わかんね」
「えっ、洋ちゃんとトウコちゃんって犬と猿なんだ」
頭を少し捻ると瑞菜ちゃんが洋輔の言葉を不思議そうに呟いた。
「ミズ、犬と猿の意味わかってないだろ?」
と、バカだなぁと言いたげな表情で瑞菜ちゃんの方を見る洋輔。そんな洋輔の言葉をきいたあたしは痛感した。あんたもお馬鹿さん決定でしょっと確信するのだった。
そして、しょうがなく得意気な洋輔に声を掛ける。
「って、それっもしかしてだけど、犬猿の仲って言いたいの?」
「そ、そう言いたかった――――はずだ、俺は」
「……全然、言えてなかったから」
言い返してきた洋輔を残念な目で見るあたし。
すると、複雑そうな眼差しの藤井くんがあたし達に言った。
「そう言うところが、仲が良くてうらやましいよ」
「思うんだけど、藤井くんのその目は節穴すぎるって」
「ええっ……そうかな?」
首を傾げる藤井くん。彼の言う事が理解しがたいらしく洋輔も突っ込む。
「そうだぜ、慎一。どこが仲がいいんだよ」
「なんとなく、息があってる所とか――――が、かな」
と、言った藤井くんの言葉に誰よりも真っ先にマス姉が反応を示す。
「あ~それ、あたしもなんかわかるねぇ。慎一の言いたい事が」
「何っマス姉まで、そんなこと言うの?」
今度はあたしが藤井くんの話に乗っかるマス姉に驚きをみせた。それを意外そうな表情でながしたら、彼女が平然と言い返す。
「だってあんたらさ、ケンカする割にはつるんでるとこ、よく見るしな」
「それって、マス姉が発端でしょ?」
「だっけか?」
「そうだよ、あたしは勉強教えてあげてって、頼まれたから」
あたしが仕方なく教えている事が、洋輔にも伝わってしまい、気分を害した様子。
「だいたい俺からは頼んでね~じゃんか」
「はいはい。でもね、洋輔が高校入学した時からちゃんと勉学に励んでたら、犬猿の仲のあたしに教わる必要なんかなかったじゃない。頼んでなくても同罪確定っ」
「仕方ね~だろ、今そんな事言っても。入学時には色々事情があってだな」
「事情って何よ?」
「お前には教えたくない」
その言葉を最後に洋輔は黙ったまま何も言わないのだった。それからはずっと彼は今までないくらいの不機嫌な顔をしていた。あたしはそんな彼の様子が気になったものの、研修をこなしていくうちに今日が終わるのだった。