第10杯 桜舞い散る、うたげ
「マス姉と一緒に例の場所へ、約束の時間においでよ」
あたしは藤井くんが、そう携帯の向こう側で言っていたのを思い出した。自分の部屋からCafeに降りると店内にはマス姉の姿はない。どうやら、先にCafeに降りてきたのはあたしのようだ。彼女はまだ降りてきていないみたい。
あたしは大家さんが入れてくれたコーヒーを、カウンター席で味わいながら、待つ事に。
飲んでいたコーヒーカップを置いた瞬間、接客の合間に大家さんが話しかけてくれる。
「今日は楽しんでおいでね」
「はい」
大家さんに声を掛けられて、フッとあたしは思い出した―――――言わなきゃいけない事があった事に。
「あっそうだ」
「どうかしたのかい?」
「あ、いえ。特にあるわけじゃないんですが」
「なんだい?」
「えっと――――哲太さんの事なんですけど……」
「ああ、哲太の事かい」
「はい、迷惑じゃありませんでした?」
「いや、彼も楽しんでいるようだし、張り切っていたよ」
「深夜の営業までには戻れるようにはするんで」
「その事なら、気にせず今日はとことん楽しむといいよ」
「はい」
この会話で心のつかえもなくなったので、あたしは大家さんに今度は満面の笑みで返事をしたのだった。
「ごめん、ごめん。待たせた?」
Cafeの自動ドアから、そう言いながら現れたのは、マス姉。目の前の彼女は少しばかり息ぎれしている模様。
「そんな事ないですよ」
「そっ?」
「さっき、来たばかりですよね?」
っと、あたしの突然のフリに、大家さんはスマートに応えてくれる。
「そうだね、5分くらい前だったかね?」
「それくらいですね」
順調順調っと、あたしが思っている中、最後にこのセリフを大家さんが言ってくれれば、完璧なシナリオができあがる。
「ああ、そうだ。おふたりに洋輔くんから伝言があるんだけどね、この近くの川の土手の下に来てほしいって」
あたしがグッジョブっと、言いたくなるくらいのグレートな仕事してくれた大家さん。
後はあたしの番だ。
思いもしない言葉にマス姉は少し考えている模様。
「なんだろうな?」
「さぁ」
あたしが首を白々しく傾けて、考える仕草をあたしもマス姉に見せた。
大家さんとあたしたち、ふたりの演技は少しわざとらしかったかな、と思ったけど、マス姉にはそうでもなかったみたい。
「なんかわからないけど、行こっか」
あたしは何も言わずに軽く顔を縦に上下するのだった。