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第8杯 ⑤

 壁際で男は突然に訪れた思わぬ報復に驚いた。


「なななな何、するん、だ」


 殴られた顔が痛いのか、男はその場でのたうち回っている。

 ふたりの近くにいた哲太さんも、離れた場所にいるあたしたちも、その瞬間、何が起きたのか、理解できなかった。

 

 マス姉は吹っ飛んだ“久賀くがさん”に、ソッと手を伸ばす。彼はその手を無防備にも掴もうと、左手を差し出した。困惑する彼の左手のひと指しゆびから、鈍く光るモノを取ると、彼女はハイツの出入口から、力いっぱいどこか遠くへ投げる。

 それは車のヘッドライトに反射して、ピカピカとキラメキながら、暗闇の中に消えていくと共に、ドスのきいた声がするのだった。


「ざっけんなっ、クソ野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 何かをずっとこらえていた怒りの声は、マス姉のものだ。 


「まままま、まさか……ますみ、ききき君が――――ぼぼ僕を?」

「そうだ、あたしが殴った」


 やっと理解をした“久賀さん”は、へたり込んだまま動けそうにもないようだ。


「あたしの事はいい、でも……哲太の事や、彼が大切にしてる物を侮辱するな」


 マス姉をまるで、初めて見たかのような表情をする“久賀さん”。何も言えずに、無駄に呆けているだけで、まだ奮い立てそうもないようだ。


「もう……ココへは、本当に二度と来ないで」


 “久賀さん”は黙ったままただ頷く。間を置いてから、ゆっくりと床に手を突き、立ち上がる。それから、左の人差し指をあるモノを探す為か、さする様に触れるのだった。


「ぼ、ぼ僕のゆゆゆゆ、指輪、は」

「……探せば――――――」


 マス姉が冷めた眼差しで言い放ち、ハイツの外の暗闇を指差す。そして、自動ドアをくぐり入ると、1ミリの隙間もなく、自動ドアは何事もなかったように閉まる。彼女はガラスドア越しの“久賀さん”を黙って見つめる。

 “久賀さん”はクタクタになった服のような足取りで、力ないヨタヨタした歩き方で、Cafeから去っていくのだった。

 あたしたちのCafeから、こうして“クソ野郎”は消えて居なくなった。視線の先にはマス姉と哲太さんのふたりだけが残った。


「ますみさん、俺……」


 哲太さんはマス姉にそれ以上何も言えずにいる。それは自分だけが潤んだ彼女の瞳を見たからだった。


「これで、おしまい。何もかも終わったんだ――――――――だから、んな顔するなって……」


 複雑な顔をする哲太さんに、マス姉が強がってみせる。無理に笑った彼女の顔を見て、とても苦しそうに自分の胸のあたりの服を、彼はギュッと握り締めるのだった。

この第8杯はこれで以上になります。

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