第7杯 ④
出て行くべきなのか、迷う。今、あたしが出て行ったら、どんな顔をするだろう、という思いがよぎった。
あたしなら――――みられたくない、と思うだろう。それなら、何も見なかった事にして、戻るべきかもしれない。そう思い返してから、ハイツへ知らぬ間に戻っていた。
あたしがCafeの入口を、開けた途端に、洋輔が怒る。
「トウコ、なんで、戻ってきたんだよ」
「今は行かない方が、いいと思ったから」
「なんだよ、それ」
「いいから、元の席に戻ろう」
怒ったままの洋輔の腕を掴み、あたしは、グイグイと彼の腕を引っ張り、自分たちの席に戻った。
あたしたちが戻って来た事に、藤井くんは不思議そうな表情。
「どうかしたの、ふたりとも?」
「俺もよくわかんね」
洋輔は彼にそう答えてから、あたしを冷たくみる。彼の視線の冷たさに耐えられそうもなく、さっきと同じ事を言うしかなかった。
「行かない方が……いいと、思ったの」
あたしの言葉に理解できずにいる彼ら。ふたり分の視線があたしを責めるのだった。
そんな中、Cafeの入口を見て、オロオロしている哲太さんが、あたしたちの目に映る。視線の先をあたしたちも、息をとめては見入った。
雨の中、マス姉はやっとの思いで、ハイツの入口の扉を開けていた。彼女の頬には涙が、こぼれている様にも見えた。
それが雨のせいなのかは、ここにいる全員――――――わからなかった。
誰も動く事ができずにいる。あたしも含め、みんなマス姉の事も、見つめる事しかできなかった。
「普通じゃなくね?」
張りつめた空気の中、口を開いたのは洋輔、それに藤井くんが、落ち着いた様子で答える。
「ああ、普通じゃないね」
「そうね、今日はそっとしておいた方がいいと思う」
あたしは顔を伏せ気味に、誰とも視線を合わせないようにした。
藤井くんはあたしの様子に、気が付いたのか、優しい言葉を掛けてくれる。
「何があったのか、教えてくれないかな?」
「――――あたしが、勝手に話すのは」
「わかった。何も話さなくていいよ」
「……ごめんなさい」
あたしは藤井くんの優しい気遣いに、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。