第5杯 ③
「ど、どうしたんですか、急に?」
あたしが次の言葉を発するより先に、マス姉が視線をあたしから手に持ったカップに移す。
「んーなんとなくさ」
マス姉の元気のない声が少し気になったけど、聞かれた事にあたしは答え返した。
「今はいないですし、あたしの大学女子だけだし」
「ふ~ん、出会いがないのか」
「まっそんな感じ――――ですね」
「じゃあさ、あのふたりはどうよ?」
「えっ――――あのふたりって?」
「この前紹介したコ。藤井慎一くんと洋輔の事」
「う~ん、あんまり藤井くんの事知らないし、洋輔に限ってはない……」
間を少しおいてから、あたしは尚もとどめを刺すかの様に言い切る。
「ないっうん。彼女いるし――――ないですね」
言い切った後、何度もうなずくあたしに、納得できてなさそうな顔のマス姉。
「んじゃ、董子ちゃんは誰かのものだと、諦めるんだ?」
ちょっとの間考えてから、続きを答えるあたし。
「う~ん、諦めるって訳じゃないけど、
彼があたしの方を見てくれるまで待ちます。
何より、彼女と自分の間で悩んでる姿は辛いし、
そんな中途半端な付き合いもあたしは嫌です。
それにどちらも選べないって事は――――――その人は、
あたしじゃなきゃダメっていう事じゃない気がする」
自分の考えを言い切ってから、あたしは沈黙しているマス姉の様子を伺う。
「って、あたし真面目に答えすぎちゃったかな?」
「ん~なんかさ、董子ちゃんらしいな」
マス姉はまたカップを手に取り、コーヒーを一口飲んだ。ゆっくりと味わっていたコーヒーをちょうど飲み干し、カラッポのカップを見つめたまま、一息つくと皿の上にカップを置く。
「さてと、そろそろ出勤するか」
「マス姉、今から出勤なんだ?」
「うん、ま~ね。休日出勤って所かな」
「社会人は大変なんだね」
「そっいう事。じゃ、マスターごちそう様」
大家さんは仕事している手を止め、声が聞こえる方に顔を向ける。
あたしの隣にいるマス姉へ優しく微笑んだ。
「岡島さん、いってらっしゃい」
なぜか緊張気味で少しこわばった様な顔をするマス姉。大家さんの声を聞いてか、表情が和らいだ。
今まで強気な姿しか知らなかったあたしの目には、少し弱々しい感じに映る。彼女は出していた自分の物を鞄に詰め、カウンターに手をつき腰をあげた。
「それじゃ、いってきます」
お店の出口にマス姉はゆっくり歩いて行くのだった。