第5杯 ②
「って言う感じで、そのあとは歩きで帰って、ホントに今もクタクタですよ」
あたしはコーヒーの香ばしい匂いが立ち込めるカウンターで、昨日起きた出来事をマス姉に身振り手振りで話をした。話が終わる頃には、またドッと疲れ切ってしまった。
「あっはっは、そりゃ、傑作だ」
「もうっ傑作じゃないよ、マスねぇ」
「にしても、迷惑な奴だな、相変わらず洋輔は」
「ホント、迷惑ですよ。計算外のお金いっぱい使ったし」
あたしがヨタヨタとカウンターから、身体をなんとか起すのを見ていた大家さんが、見兼ねてなのか、マス姉へ一言。
「岡島さん、董子ちゃんを笑うなんて、かわいそうですよ」
「マスターは優しいね。特に董子ちゃんには」
「そんな事ないですよね、大家さんはみんなに優しいんです」
「そっ? まぁそうだな」
最後にそう言って、マス姉がフっと目を細める。黙って目の前にあるコーヒーを飲み始めたのだった。
あたし達の話が終わると、大家さんが心配そうにまた声を掛けてくれる。
「それじゃあ、董子ちゃんは昨日お金使って大変じゃいないのかね?」
「そうですね、仕送りも来月にならないとないですし――――」
「これから、うちで朝ごはん食べて行きなさい。朝食べないと元気でないよ」
「でも、そんな事できないですよ。大家さんにご迷惑かけれませんし」
「でもね、ココのハイツ住人が迷惑かけたようだし、そうさせておくれよ」
少し間、考える。あたしの頭の中では、勉強で計算するよりも早く、お金を計算していた。
そして、出した答えは――――――。
「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらいます」
コーヒーの焙煎の手を止め、大家さんは改めてこちらを見た。目尻にシワを少しずつ刻みながら、頭を上下させて言う。
「そうだよ、そうなさい」
「ご迷惑だと思いますが」
「そんな事はないよ」
答えた後、大家さんは手を再び動かす。黙々と真剣な眼差しで、鍋の作業に集中し始めた。
「ま~よかったじゃない、董子ちゃん」
「ホント、そう思います」
「飯でもおごってくれる彼氏、2人や3人いないの?」
「いれば、昨日の時点で既に頼ってます」
「そら、そうか」
あたしの即答にマス姉は、小さく笑った。
「董子ちゃんは好きな人いる?」
手元のコーヒーを飲み、ポツリと言う。彼女の瞳は真剣そのもの。
あたしはその瞳に見つめられて、なんとなくたじろぐのだった。