第3杯 ③
あたしと違って、洋輔は何も感じていないのか、気づいていないのか、相変わらずの大きな声で応答してくれる。
「わかった、桜花だな」
「うん」
「よっしゃ」
気合いの入った洋輔の掛け声と共に、バイクにあたしを乗せて、走り出す。
いくつかの信号を通り過ぎた時、フルフェイスのヘルメットが振り向いた。ヘルメットのガラス部分が開いて、何かあたしに言ってくる。
「あのさ、さっきからメットがぶつかりまくって、痛いんだけど」
「えっ? 何!?」
信号は赤。なので、隣に車も止まって、エンジン音の合唱がうるさい。相変わらず、話が聞き取りづらい。
信号が赤の内に、何か伝えたいのか、更に洋輔の声が大きくなる。
「だから、メットだよっ。メットがお互いにぶつかって、痛いっつってんの!」
「ご、ごめ~ん。ヘルメットって装着すると、こうなる物だと思って」
「な訳、あるかいっ」
「マジ、ごめんって。あたし、バイク乗ったの初めてだから」
「だったら、俺のメットから頭ズラして、乗っれば、ガンガンしなくなるから」
「わかった、そうする~!」
洋輔に言われて、頭を彼のヘルメットから、ズラした。言う通りにしたら、頭同士がぶつからなくなって、快適なバイクの乗り心地なる。
しばらく、短大の方向にバイクで走行する。信号が赤になると、短大への道を時々尋ねてくる洋輔。
学校に到着するまで、それを時々繰り返すのだった。
バイクから見える景色が短大近くの風景に確実に変化して行く。気が付けば、短大前に到着していた。
バイクのブレーキ音が鳴って、バイクが安全に止まる。
メットを脱いだ洋輔が、短大の名前が彫られてあるプレートを指差して言う。
「ここだろ?」
会話する為に、自分のかぶっていたメットをあたしも脱いだ。
「そう、ここ。サンキュー」
「まぁな。俺も役に立つだろ?」
「うん、超助かったかな」
「だろっ」
会話が終わるとあたしはバイクからすぐに降りた。
ずっと、バイクに乗っている間中、時間が気になっていたあたし。携帯を取り出して、待ち受けのデジタル時計を見る。
時間は講義の始まる10分前を刻んでいた。
余裕の時間に到着した事で、ホッとあたしは胸をなで下す。手に持っていたヘルメットを元の持ち主に返した。
「ホント、ありがとう」
「ああ」
あたしからメットを受け取った洋輔は、元の場所にそれを取り付ける。
「あれっそう言えば、洋輔、高校は?」
「あっ、俺はいいのいいの。気にすんなって」
「でも……今からじゃ遅刻するんじゃない?」
「いつもの事だからな」
笑って、大した事ない様に言う洋輔。彼は手に持っていたメットをかぶり直す。
「んじゃ、俺、もう行くわっ」
「うん」
再びバイクのエンジンを掛ける洋輔に頭を下げて見送るあたし。彼の姿はあっという間に見えなくなった。