王家の隠しごと
「グレンおうじ、おひさしぶりです」
グレン王子の顔、目。
前世でカーテンを閉められたガラス戸に映る自分。
あの時の、あの頃の、私と同じ目。
絶望して、呆れて、悲しんで、寒くて。
あの時と同じ表情、目。
ガラス越しに、姿だけを変えた“前世の私”。
グレン王子は、やっぱり“前世の私”だ。
助けなきゃ。
助けてあげなきゃ。
“前世の私”を、“今の私”が助けたい。
救いたいから、駆け寄って声をかける。
私の姿を見た途端顔を上げたグレン王子の目が見開かれ、僅かに光が宿ったように見えた。
そうであってほしいと、私が思っていたからそう見えたのかも。
グレン王子は私を見て少しだけ前のめりになる。
「こえ、なおってないの?」
こくり、と頷かれた。
まだ声が出せないんだ。
そうだよね。
簡単に治らないよね。
そっかぁ、と頷いて、近くまで歩いて包帯が巻かれた左手に手を重ねる。
「痛い? 大丈夫?」
「…………」
俯いちゃった。
でも、よく見ると肩が震えている。
ゆっくり隣に立つ王妃様を見上げると、貼りつけたような笑顔で見下ろしていた。
本当に、仮面を被っているみたいな笑顔。
あまりにも目が笑っていないのに、口元の両端がつり上がっていて本当に怖い。
周りにいたおとなも、子どもも、みんな息を飲んだのがわかる。
まるで『余計なことを言うな』って言ってきた……前世の母と母の再婚相手、そのもの……!
私も思い出して体が震えてきた。
歯の奥までガチガチ鳴る。
怖い。
怖い怖い怖い!
……でも……私……っ!
「お――おうひさま、グレンおうじを、イリヤがまもるので……オルヴァーニュけで、グレンおーじを、おあずかりさせてください……!」
負けない! 私はもう、負けないんだ!
前世の私は弱くて怖くて言われた通りにしたけれど、グレン王子は助けてあげなきゃいけない。
立ち向かえるくらい、今の私はHPいっぱいあるし、強くなれたもん!
死なないんだから、負けないんだ!
勢いよく頭を下げて「おねがいします!」と言えば小宮殿の広間はシン、と静まり返る。
「条件があります」
「は、はい!」
「後日、その条件をまとめて書面にして手渡しします。今はこの子を部屋へ。そのあと、ぜひルイシス様には先程の演奏についてのお話をお聞きしたいわ」
「――はい、もちろんです。王妃様」
ルイシス兄様が頭を下げる。
えっと、えっと……条件はあるけど……グレン王子をうちに預けてくれることにオッケーしてくれた!?
やったー!
「立ち話も大変ですから、隣の広間に移動しましょう。ビュッフェを用意しておりますの。ルイシス様、他の学生も招待しても構いませんわよ」
「本当ですか!? ありがとうございます、王妃様!」
兄様が嬉しそうに言って、控え室に戻る。
別室に待機していた、兄様の同級生たちを連れて戻ってくるつもりみたい。
でも、その間にグレン王子はお城の侍女に連れられて小宮殿から出て行く。
振り返ったグレン王子と目が合う。
一緒に――!
「イリヤ嬢」
名前を呼ばれて立ち止まる。
振り返ると、さっきと同じように目が全然笑っていない王妃様が私を見下ろしながら微笑んでいた。
貼りつけたような、仮面の笑顔。
「ごめんなさい。グレンは昨日から熱があるの。もう今日は休ませてあげてちょうだい。お願いね?」
「……はい」
『嘘ばっかり』
頭上でジュジュ様が呟く。
私にしか聞こえない声。
――グレン王子、熱、なかったの?
『ないデース。王妃の嘘デスねー』
『王妃にとってグレン王子は“王家と繋がる紐”のような役割なのでしょうね。しかし、やはり姉の子を育てるのは女としてのプライドが邪魔するのかしら?』
『なんのプライドォ? 意味がわからないデース』
『でもせっかく妊娠しているのよ。今度こそ本物の母になれるのに、子どもへの扱いがあんなに乱雑なの大丈夫なのかしら?』
……姉の子……?
『やだ、知らないのですかー? グレン王子は王妃の亡くなった姉が産んだ子なのですよー。生まれて間もなく、王座がほしかった今の国王と結託して当時の王太子夫妻を事故に見せかけて殺したの。自分の母親に毒を盛って、危篤だと言って無理矢理産褥期の姉を城から引きずり出すほどのことまでしてね』
『そして残されたグレン王子を“自分が産んだ”ということにして、前王太子夫婦の葬儀後引き取って育て始めたのよ。そうすれば次の王太子の座はより確固たるものになると言ってね。だからこの国の守護神は今の王と王妃を王族として認めていないの。あまりにも卑劣な手段で玉座を手に入れたから。わたくしたちも今のカルヴァ王は嫌い』
『きらーい』
『嫌いデース』
「……っ」
イリヤ、と母様が近くに来て、手を繋ぐ。
やんわりとした笑顔で「行くわよ」と言う。
精霊様たちと話していて、遅れてしまった。
「今はこちらに集中なさい。精霊様たちにはあとでご挨拶を」
「は、はい」
「こちらでお食事とお茶を」
城の侍女や使用人が丸テーブルと椅子のあるところに案内してくれる。
その近くには長ーーーいテーブルにたくさんの何種類もある料理の皿。
メイドさんたちが歩き回り、「お茶はなにになさいますか?」と聞いて回っている。
「グレン王子の話を王妃様が了承してくださった以上、今できることは今日の演奏会を最後まで楽しむことですよ」
「はい、母様」








