兄様の魔法
「兄様!」
サリィに抱えられたまま、馬車の近くで倒れた兄様に近づく。
護衛騎士たちは馬車を取り囲み、警戒を続ける。
まさか兄様がその場で倒れると思わず、メイドたちも慌てて兄様を馬車から引き離す。
「兄様! アルド兄様!」
「イリヤ……馬車、守ったよ……中の人、助けて、おあげ」
「ッ……うん……!」
「サリィ、すまない。魔力切れだ。やす、む……」
そう言い残して、兄様は目を閉じてすうすう寝息を立て始める。
魔力、切れ?
サリィに抱っこから下ろしてもらい、兄様の寝顔を眺めてから意を決して馬車の方に向き直る。
兄様が私のわがままを聞き届け、無茶をして助けてくれた。
だから私は、我儘を通さなければいけない。
「お嬢様!」
馬車に向かって駆け出す。
護衛騎士の一人にお願いして、ドアを開けてもらおうとしたら壊れていて開かない。
仕方ないのでドアノブを剣で叩き落してもらう。
ノブの器具がなくなったので、ドアをこじ開けると……中には縮こまった男の子がいた。
私の方を見ると、ガタガタ震えながら「あ、あ」とか細い声を出す。
……そうだよね、怖かったよね。
あんな、数秒で馬を食べてしまう化け物に遭遇して、一人でここまで逃げてきて。
きっと護衛や馬の操縦者もあの化け物に食べられてしまったんだろう。
それを目の前で見て、普通の精神状態でいられるわけがない。
まして、私と同い年くらいの幼児。
薄い水色の髪の、毛先は緑色の男の子。
大きく見開かれた薄い緑色の目は、私の姿を映しても眼球がゆらゆら揺れて動揺が収まっていないようだ。
「大丈夫? 兄様がぜんぶこわいやつをやっつけてくれたわ! もうだいじょうぶよ!」
「あ、あ……う……あ……」
「とにかくこのばしゃからでなさい。こんなこわいばしょ、いつまでもいるものではないわ」
そう言って、男の子を馬車から出す。
体がバイブレーションみたいにガタガタ震えるその子を、手を掴んで馬車から出すと護衛騎士の数人がギョッと目を見開く。
「グ、グレン王子殿下!?」
「え?」
「なんだって!? まさか!?」
「なぜ殿下がお一人で暗愚の森に!? す、すぐに城へ連絡を!」
「サリィ! お嬢様とアルド様を馬車へ! 使用人の馬車で殿下を城にお連れする!」
「わかりました!」
なになになになに!?
使用人たちと護衛騎士たちの動きが慌ただしくなり、私とアルド兄様は馬車に詰め込まれてそのまま帰宅。
サリィがお父様にピクニックで起こったことを報告すると、バタバタと着替え始めてブロッサ兄様とルイシス兄様を帰宅させて一緒に城へと出かけていった。
私は着替えて、お部屋に待機。
アルド兄様は自室で睡眠。
私が『馬車を助けて』と言ったせいで、魔力を使い切るほどに無茶をしたという。
普段ならば絶対にしない、高火力広範囲剣技。
「あれは『アーツ魔法』といいます」
「あーつ?」
「はい。この世界の魔法は大まかに四種類あるのです。生活するために使用する『生活魔法』。たとえば汚れた服や家具を一瞬で綺麗にするなど。次に魔獣を攻撃するための『攻撃魔法』。魔力で火、水、土、風などのを生み出し、攻撃する魔法です。次は『スキル魔法』。身体強化、身体能力向上、魔獣を拘束したり、魔獣の身体能力を下げたりする技術を魔法で行使する魔法をそう呼びます。そして最後、今回アルド様が使用したのが『アーツ魔法』。自身の属性魔力を攻撃または防御に用いる特殊魔法。これはただ訓練しただけでも、学んだだけでも使えません。学び、訓練をした上で師に直接『アーツロール』というアイテムをいただくか、何十年と鍛錬を続けて自分自身で創作した魔法に名を与えたものなのです。アルド様は南の守護獣、朱雀様に直接アーツロールをいただいたすごい方なのですよ」
「へーーー。にいしゃま、やっぱりすごいんだ」
部屋で待機しているのは暇なので、サリィが魔法について色々教えてくれる。
つまり一般の、騎士や冒険者じゃない人が使う魔法は『生活魔法』。
魔法騎士が使うのが『攻撃魔法』。
騎士が使うのが『スキル魔法』。
兄様が使ったのは『アーツ魔法』。
兄様が使ったアーツ魔法は、特殊な魔法で『人に教わる』か『自分で編み出す』か『守護神または守護獣に加護という形で与えられる』かで覚えられる。
スキル魔法に似ているが決定的に違うのは“攻防一体”であることが多く、攻撃魔法とスキル魔法を合体したように超強力。
当然心身の負担が大きく、今回の兄様のように無理をすれば魔力切れと体力切れを起こして倒れる。
力には相応の代償があるってことだ。
仕方ない。
しかし、兄様のおかげで一人の命が救われた。
これはちゃんと褒められてほしい。
ああ、でも……私がわがままを言わなければ……兄様にあんな倒れるほどの無茶をさせなくて済んだかもしれないのに……。
「失礼します。お嬢様、旦那様がお呼びです」
「お嬢様、旦那様がお帰りのようです。まいりましょう」
「う、うん」








