第4話 現れた魔族(即死亡)
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この宿場町に来てから、三日が経過した。
ギルドは常駐依頼を全て引き上げた。
そのため、私達が受けられる仕事はなくなってしまっていた。
もっとも、小金貨が9枚ほど残っているため、後一か月程度はだらだらしながら過ごすことも可能だ。
心のゆとりって素晴らしい。
二日後にはこの警戒態勢も解除されることになる。
そうなれば、馬車も動くようになり、私達は魔法学院に向かうことになる。
それを待てばいい。
問題はただ一つ――。
「やることがありませんね」
「そうですわね」
ギルドの常駐依頼もない。
冒険者としての登録については、しばらくの間新規受付を停止することになったらしい。
完全にお姉様対策だ。
「なんだか、平和ですね」
「そうですわね。今日は、朝食をとったらのんびり過ごすことにしましょう」
ギルドの中も、まったりした雰囲気になっていた。
魔人が現れたことで、冒険者たちも下手に町の外に出ることが出来なくなったのだ。
ただ一人、三日分の仕事に押しつぶされそうな受付嬢だけが、狂気じみた動きで仕事を続けていた。
そんな彼女を尻目に、私達は朝食を終えた。お姉様は眠たげに目を擦っていた。
「お姉様、寝不足ですか?」
「貴女が寝かせてくれなかったからですわ」
「私はただ、添い寝がしたかっただけなのですが」
「貴女の場合、その添い寝が異常なことになりかねないのですわ!」
「でしたら、今から一緒に昼寝でもしましょう」
「身の危険を感じますわ!」
「私がお守りします!」
「貴女が危険だと言っているんですのよ!」
お姉様は目をつぶり、ため息をついた。どうやら、本当にお疲れらしい。
確かに、昨夜はしつこく迫り過ぎてしまったかもしれない。
善意からのことだったけれど、迷惑をかけてしまった。
「お姉様。今日は、私は何もしません。お約束します。ですから、お休みなってください」
「本当ですの?」
「はい」
「分かりました。では、宿に戻りましょう」
そう言って、お姉様は気だるげに立ち上がった。
目をつぶったまま身体を伸ばす。
そして、その次の瞬間――お姉様は、背後に思いっきりビンタをかました。
ベチコンッ、という鈍い音がギルド内に響く。
「イヴ、いい加減に――」
そこまで言って、お姉様は言葉を止めた。
ビンタをされたのは私ではなく、一人の男性だったのだ。
皮の鎧を身に着けていて、その手には抜き身の剣を持っている。
体つきは華奢だが、冒険者なのだろうか。
「あ……、大丈夫ですの!?」
お姉様が申し訳なさそうに男性に近寄る。
だが、男性はおののきながらお姉様から距離を取ろうとした。
そして――。
「何故分かった!」
「はい?」
「俺がお前を狙っているということが何故分かったのだ!」
「私を狙っていた? どういうことですの?」
困惑するお姉様。『狙っていた』と言われて、照れているのだろうか。
そういう奥ゆかしいところも素敵だ。
「お姉様の魅力に気づいてしまえば、夢中になるのは必至。誰であろうと、お姉様のことを狙わずにはいられません」
「そう言うことではないのだが」
男性からツッコミが入った。
それに構わず、私は話を続ける。
「照れることはありません。お姉様が美しすぎるのが悪いのです。教会に行けば、女神と間違えられて祈りを捧げられることになるでしょう。いえ、そもそもお姉様は女神そのものなのかもしれません。これほどの尊さは、そうでもなければ説明がつきませんね」
「とぼけるのもいい加減にしろ!」
「なんのことです?」
「お前たちは、俺が魔人だということに気づいたのだろう!」
そう言うと、男性の肌が青く変色していった。
口元には鋭い牙が現れ、瞳の色が赤色になった。
その姿は魔人そのもの。おそらく、彼が最近目撃された魔人だったのだろう。
「魔族だったんですの!?」
お姉様が驚いた声を上げた。
魔人の中には、人間に擬態することが出来る者も多い。
それが今、解除されたというわけだ。
「……まて、本当に気づいていなかったのか? それなのに、あの勢いでビンタをかましたのか?」
「イヴかと思ってつい……」
「つい、で出していい威力ではなかったぞ! 貴様、妹を殺す気か!」
「この程度でイヴは死にませんわ!」
「お前は妹を何だと思っている!?」
魔人にツッコミを入れられるお姉様。
答えに窮して顔を赤くしている姿はとても可愛らしい。
やっぱり、お姉様は最高だぜ!
「そ、そんなもの、結果が全てですわ! 貴方は魔族なのでしょう! ちょっとビンタされたくらいで騒ぎ過ぎですわ」
「『ちょっと』という威力ではなかったぞ!」
「く……」
口論ではお姉様は分が悪いようだ。
「だが、気づかれてしまったところで問題はない。お前たちはここで死ぬことになるのだ! 最後に、お前を殺す魔人の名を教えておいてやろう! 我が名は『ヴァン』。ヴァンパイアのヴァンだ!」
「安直な名前ですわね」
「何だと!? 魔王様からは『覚えやすくていい名前だ』とお褒めの言葉をいただいたこの名前を愚弄するか!」
「言っている内容は同じですわ」
「……あ」
ヴァンは言われて気づいたらしい。
その名前が覚えやすいのは、安直なものだからだ。
そのことにショックを受けているのか、ヴァンは動きを止めていた。
そんな傷心の魔人に対し、お姉様が告げる。
「そんなことよりも――これから、貴方を殴りますわ!」
「脈絡がないにも程があるぞ!」
「脈絡ならありますわ。貴方を殴って、貴方が生きていたら、私のビンタにそれ程の威力がなかったことの証明になります。つまり、貴方が間違っていたということになりますわ」
「俺が正しければ、俺が死ぬだろう!」
「何か問題でも? 『魔・即・殺』が聖女の信条なのですわ」
お姉様は魔族に近づいていく。
普段は温厚なお姉様だが、魔族が相手となれば話は別だ。
全力で叩き潰しに行く。
「待ってくれ! 話し合おう! 俺たちには言葉がある! 分かり合えるはずだ!」
「分かりました」
「分かってくれたか」
「とりあえず殴って、生きていたら話し合いましょう」
「お前、おかしいだろ! 妹さん、何とか言ってくれ!」
ヴァンは私に視線を向けた。
お姉様を止めてほしいのだろうけれど、それは無理だ。
こうなったお姉様は、私にも――いや、私だからこそ止められない。
私に言えることはただ一つ。
「お姉様は最高だぜ!」
これだけだ。
「それでいいのか!?」
「それがいいのです! お姉様が与えてくださる痛みは、全て喜び! 貴方もその境地まで登ってくればよろしいのです!」
「駄目だこの姉妹!? こうなったら仕方がない。全力の俺様を見せてやろう!」
そう言うと、ヴァンは立ち上がった。
同時に、彼の身体がどんどん膨張していった。
服は破れ、筋肉の鎧に覆われた真の姿が露となる。
ヴァンパイアの中には、こんな肉体派の個体もいるのか。
「俺に本気を出させたな。この姿を見て生き残ることが出来た人間は――ヘプシッ!?」
言い終わる前に、お姉様の拳がヴァンの腹にめり込んでいた。
これが対魔族特攻魔法【聖なるグーパン】なのだ。
「ちょ、待て。待ってくれ」
「無駄ですわ。既に神聖魔法が貴方の身体全体に巡っています。そう――貴方は既に死んでいるのですわ」
お姉様がそう言った次の瞬間、彼の身体は灰と化した。
こういう容赦のないところも素敵だ。
まったく、お姉様は最高だぜ!
3
魔人ヴァンはお姉様によってあっけなく討伐された。
通常であれば、魔人討伐には賞金が付き、お姉様はそれを貰うことが出来るはずだ。
だけど、残念なことに今回は違った。
彼は存在を確認されてからまだ日が経っていないため、賞金はまだかけられていなかったのだ。
その結果、お姉様は依頼料を受け取ることが出来なかった。
「仕方がありませんわ。それに、魔人と言っても小者でしたから、大した金額にはなりませんわ」
「そうですよね」
お金は十分にあるのだ。この町にいる間は、だらだらと過ごすことにしよう。
「ただ、一つ気になることがありますわ。滞在中に、その疑問を解消しておきたいのですが――少し動いてもらえます?」
「勿論です! お姉様の頼みとあれば、世界だって滅ぼして見せます! 手始めに、お姉様の足を舐めましょうか?」
「足を舐めることと世界を滅ぼすことがつながるんですの?」
「私の中では」
私の返答に、お姉様はため息をついた。
アンニュイな表情も素敵だ。
「まぁ、いいですわ」
「ぺろぺろの許可が出た!?」
「そういう意味ではありませんわ! どうでもいいという意味です! とにかく、貴女にはひと働きしていただきますわ」
「はい、喜んで!」




