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第3話 受付嬢、壊れる

     2


 結局、森の中では魔物にも魔族にも遭遇しなかった。

 考えてみれば、馬車でここまで来る道中でも、魔族には全く遭遇していない。

 そう簡単に遭遇するものではないのかもしれない。


 私達は、日が暮れる前にギルドまで戻ってきた。

 お姉様の魔力がもう少しで切れそうになったのだ。

 というか、何時間もこの強力な魔導具を仕えていたことがおかしい。どれほど規格外なのだろうか。


 まぁ、何はともあれ――お姉様は最高だぜ!


 受付嬢は、私達の姿を見ると愛想笑いを浮かべた。

 必要量を確保できないと思っているのだろう。


「イリアさん、月見草は見つかりましたか?」

「ええ、それなりに」

「キロ単位の買受になりますが、それだけの量は取れましたか? もし確保できていないのでしたら、残念ですが、ギルドとしては買い取ることが出来ません。値段は下がりますが、買い取っていただける方を紹介することも出来ますが――」

「心配ご無用ですわ。査定をお願いします」


 そう言って、お姉様はアイテムボックスを逆さにした。

 そして、採取した月見草を次々と机の上に出していく。


「アイテムボックス!?」


 受付嬢は驚きの声を上げた。

 確かに、アイテムボックスは非常に珍しい魔道具だ。

 だけど、受付嬢が驚いたのは、そこではなかったようだ。


「イリアさん、力を失っていたのでは?」

「それに関しては、国が広めたデマですわ。そんなことよりも、査定をお願いします」


 お姉様はアイテムボックスから、月見草を全て出した。それはもう、山のように。


「何ですか、この量は!?」

「月夜草を普通にとって来ただけですが」

「こんなにたくさんですか!? 他のも混ざっているのでは?」

「いいえ、月夜草だけですわ」

「この量を――一日で?」

「はい」


 受付嬢はカウンターに頭をぶつけた。

 ゴツンという鈍い音が響く。


「……確認をさせていただきます。量が量なので、お支払いは明日でもよろしいでしょうか?」

「構いませんが――銀貨5枚だけ先払いしていただけます? 今日の宿代が払えなくなりますので」

「畏まりました」


 受付嬢は意気消沈していた。

 これから、あの量の月見草を検品しなければならないのだ。

 どれほど時間がかかる作業なのかは分からないが、大変であることは間違いない。


「残業確定だ……。てっぺん回るまでに終わるかな……。終わらないだろうな……。朝までかかるだろうな……」


 そう呟く受付嬢から、同僚らしき人たちが離れていった。

 どうやら、手伝ってはくれないらしい。薄情なものだ。

 お姉様を騙そうとしていたのだから、同情はしないけれど。


     3


 翌朝、受付嬢は疲れた表情をしていた。

 だけど、プロとしての意地なのか、愛想笑いだけは続けている。


「全て確認できました。月夜草30㎏で、小金貨10枚と銀貨23枚になります。ご確認ください」

「確かに、頂きましたわ」


 お姉様は金貨を受け取った。

 小金貨10枚。一週間どころか、ひと月はのんびりと暮らせる金額だ。

 でも、お姉様は止まらない。何故なら、他にやることがないからだ。


「それでは、今日も月夜草の収集を――あら、ありませんわね」


 掲示板からは、月夜草収集の依頼はなくなっていた。


「昨日乱獲したので、なくなったのでしょう」


 それでも、薬草や他のものについては、収集依頼が残っている。

 月見草に比べれば単価は安いが、仕方がないだろう。


「まぁ、仕方がありませんわ。今日は別のものでも探すことにしましょう」

「はい、お姉様」


     4


 夕方になり――私たちはギルドに戻ってきた。

 その姿を見た受付嬢が身構える。

 昨日のような量が納品されるのではないかと戦々恐々としているのだろう。


「それでは、買取をお願いしますわ」

「待ってください。まさか、昨日の月見草のような量ではありませんよね?」

「ええ、勿論ですわ」

「よかった……」


 受付嬢の表情が、ようやく柔らかくなる。

 だけど、それはすぐに崩れるだろう。


「それでは、ここで出させていただきますね。薬草300㎏ですわ」

「……はい?」


 月見草よりも希少性がかなり低い。

 だから単価も低いのだ。それをお姉様は採取の範囲を広げることで対応した。

 そして、希少性が低いということは、大量に存在するということだ。


 薬草は面白い位に採れた。

 アイテムボックスの耐久テストでもやっているのかと思うほどに、次々と入っていった。

 その結果が、これである。


「昨日のような量じゃないって……」

「ですから、昨日とは比べ物にならないくらい採ってきましたわ。今日は少しだけ遠出してしましたの。常駐依頼のものについては、全量買い取っていただけるのですよね?」

「……ええ、勿論です」

「良かったですわ」


 受付嬢は気を失いそうになっていた。だけど、まだ終わらない。

 掲示板には、薬草の他にも常駐依頼が残っていたのだ。


「あと、毒消し草とひだまり草もそれぞれ200㎏ずつ取ってきましたわ」

「はひゅ!?」


 受付嬢は涙目になっていた。


「支払いは明日で結構ですわ」


     5


 翌朝、受付嬢は目を血走らせながら薬草の品質チェックをしていた。


「薬草が一ま~い。薬草が二ま~い。薬草が三ま~い。時間がたりなああああああい!」


 人と言うのは、こうも壊れやすいものだったのか。

 受付嬢は私達が来たことに気づくと、へらっとした笑みを浮かべた。


「イリアさん。査定はまだ終わっていませ~ん! あはははは!」

「そ、そうですの」

「いつ終わるかも分かりませ~ん! きゃはっ」


 そう言ってから、受付嬢は毒消し草のチェックを再開した。

 誰か手伝ってあげればいいのに。

 いや、今の彼女には誰も近づけないだろう。

 依頼書を手に持った荒くれ冒険者たちでさえ、近付けずに困っている。


「少し、やり過ぎたかもしれませんわ」

「まぁ、様子を見ましょう」


     3


 査定が終わったのは、その日の夕方のことだった。

 ちなみに、私達は町の中を散策して時間を潰していた。

 ここで足止めをくらった商人たちが露店を始めていたため、それなりに楽しむことが出来た。


 ギルドに行くと、受付嬢が嬉しそうにこちらを見た。


「イリアさ~ん! お待たせしましたぁ~!」


 受付嬢の目は血走っていた。

 張り付けられたような笑顔は、荒廃した精神状況を表しているようだ。


「いいことを思いついたんですよ~! もう、一枚ずつチェックするなんて、やってられませんから~! もう、あれです、他の植物の混入があったことにしちゃって、一番低い査定額で計算してしまえばいいんですよ~!」

「それ、私に言っていいんですの?」

「知りませ~ん。というわけで、今回は小金貨10枚で~す。いやー。残念なことに、他のものも混入してしまっていたんですよ~」


 受付嬢は、情緒がおかしくなっていた。

 たった今、自分で不正の内容を自白したばかりだというのに、その不正を通そうとしているのだ。

 精神がヤバいところまで来てしまったらしい。


「そうですの。それは申し訳ないことをしましたわ」

「いえいえ、お気になさらず~」

「では、依頼料は不要ですわ。薬草と毒消し草とひだまり草は持ち帰らせていただきます」

「……ほひぃ?」


 受付嬢は、おかしな声を共に首を傾げた。

 次第に、身体全体も斜めに傾いていく。

 脳が理解を拒んでいるのか、目は虚ろで口はぽかんと空きっぱなしだ。


「査定に納得いかなかったら、納入キャンセルでよろしいのですわよね?」

「それは、そうですが! そうですがああああああ! 一人で、徹夜で、今日も朝から晩まで、ずっと査定したんですよおおおおおお!」

「ご苦労様です」


 お姉様はそう言うと、昨日採ってきた薬草などが次々とアイテムボックスに入っていった。

 受付嬢は絶望にまみれた表情でそれを見ていた。


「あ……徹夜でやった成果が……。私の20時間が……」

「ちなみに、アイテムボックス内で分類はしてありますから、チェックをしなくても間違いはなかったはずですわ」

「確かに、確認した限りでは、混入はありませんでした。それじゃあ、私の努力は……」

「お疲れ様ですわ」

「……ほひぃー」


 精神的に限界を超えた受付嬢は、意味を持たない言葉を発した。

 だけど、彼女の受難はこれで終わりではなかった。むしろ、ここからが本番だったのだ。


 お姉様が採取したものの処理がようやく終わったことに気づいた男性冒険者が、様子を窺いながらカウンターへやって来た。


「なぁ、受付ちゃん。大丈夫か?」

「はい、何でしょう? 二日徹夜でずっと作業していましたが、問題ありません!」


 妙なテンションで受付嬢は言葉を返した。

 それに対し、少し躊躇いながらも、冒険者は用件を伝える。


「そうか。それじゃあ、悪いんだけど、査定を――」

「査定!?」


 受付嬢の顔に恐怖の色が現れる。

 それをなだめるように、冒険者は声をかけた。


「大丈夫だ。あんな無茶な量じゃない。俺は三日前に受けた『個別依頼』の達成を報告に来たんだ。査定の量も限られている」

「そ、そうですよね」

「依頼はシルバーウルフの毛皮。三枚持ってきたから、確認をしてくれ」


 そう言って、男は毛皮を取り出した。

 受付嬢は、それを受け取り、状態を確認していた。

 疲労困憊しているようだけど、その手つきはプロのものだ。


「はい。確かに、シルバーウルフの毛皮ですね。状態も問題ありません。では、依頼達成の手続きをさせていただきます」

「ああ、頼む」

「こちら、銀貨24枚になります。それでは、ありがとうございました」


 受付嬢は依頼料を渡した。

 そして『次の方~』と言って――絶望に直面した。

 彼女がいるカウンターには、長い列が出来上がっていたのだ。


「え、これは……」

「ここ三日くらい、まともに依頼完了の手続きが出来ていなかっただろう? その分が溜まっているんだよ。これまで、声をかけられる雰囲気じゃなかったから遠慮していたけど、さっきの奴は普通に対応していたから、もう大丈夫だと思ったんだ」

「……今日じゃないと、駄目ですか?」

「早くしないと、確保した素材の状況が悪くなっちまう。出来る限り、早く処理してもらいたい。それに、荒くれ冒険者は宵越しの銭を持たない。それが冒険者の美学だ。つまり、今日中に処理をしてもらわないと、生きていけなくなっちまう」

「ほ……」

「だから、頼むよ」

「ほっ、ほっ、ほっ……」

「受付ちゃん?」

「ほひぃいいいいいいいいいいい~~~~」


 どうやら、完全に壊れてしまったらしい。そのうち元に戻るのだろうか。

 気になるところではあるけれど、彼女が正常に戻る頃には、私達はこの町を出て行っているだろう。

 彼女の健康を記念する限りである。

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