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第1話 足止めと裸エプロン

     1


 築何十年経っているかも分からないような、おんぼろの宿屋――その一室に私たちは宿泊することになった。窓からも壁からも隙間風が入り込み、防音性という概念すら存在しないほどに荒れている。

 これでも、一泊銀貨3枚取られるというのだから、ぼったくりもいいところだ。


「足止めされるなら、もう少し栄えたところが良かったですね」

「そうですわね。それに関しては、同意しますわ」


 私の言葉に応じたのは、イリア・アイルーン。私のお姉様だ。

 その相貌は壮麗そのもの。容姿端麗という言葉はお姉様のために作られたに違いない。

 銀色に輝く髪は奇跡のように美しい。

 ベッドに座ったまま組まれた美脚を見たら、躊躇うことなく「踏んでください」と言うことになるだろう。


 そんなお姉様の姿を一目見てしまえば、誰もが神の存在を信じるに違いない。

 いや、むしろお姉様こそが神なのではないだろうか。

 そんなお姉様の側にいられる私は、世界一の幸せ者と言っていいだろう。


 お姉様は、私を情熱的な目で見つめている。

 そして、官能的に唇を動かし告げる。


「ところで、イヴ――その恰好はなんですの?」

「流石ですね、お姉様。気づかれましたか」

「気づかないわけがないでしょう! 頭がどうかしましたの!?」

「究極の美を前にして、正気を保っていることは困難ですから」

「そういう意味ではありませんわ!」


 お姉様は声を荒げた。

 お姉様は自らがいかに神がかった存在であるかに気づいていないのだ。

 だから、私の誉め言葉に大げさに反応してしまう。もっとも、それがお姉様のいい所でもある。


 ちなみに、私の格好は特段おかしなものではない。


「ただのエプロン姿ですが、何か?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「ああ、そのことですか。これは、敬愛する人物を部屋で迎えるための正装です。その際『お風呂にしますか、お食事にしますか、それとも、わ・た・し?』と問いかけるのがマナーなのだとか」

「誰がそんなおかしなマナーを教えたんですの!?」

「誰が――というよりも、私が収集した知識の中に、そういうものがあったのです」

「ろくでもない知識ですわね!? だとしても、常識で考えればおかしいと思うでしょう!?」

「そうなのですか?」


 私は首を傾げた。


「何分、長年引きこもっていたもので、常識には疎くなってしまっているのです」

「ああ、そうでしたわね。それに関しては責められませんが……だとしても、この格好がおかしいとは思えませんの?」

「合理的な服装であると判断しました」

「何で!?」

「この服を着た状態で提示する選択肢は『食事』『入浴』『性交』の三つです。食事を作るのであれば、エプロンは有用であり、それ以外の服を着ていなくとも特段問題はありません。入浴についても、補助をすることを考えればすぐに裸に慣れるこの格好は合理的と言えるでしょう。性交についてはいわずもがな。まぁ、今の私に性別はありませんが」

「そう言われると、納得してしまいそうになりますわ。明らかにおかしいとは分かるのに、どこにツッコミを入れればいいのか分かりません。いえ、だとしても、羞恥心という物がありませんの!?」

「私のこの身体は、お姉様のためのものです。恥ずかしがる理由がありません」

「説得は無駄だというんですの……」

「それで、どうされます? ちなみに、お勧めは『わ・た・し』になります」


 お姉様は大きくため息をついた。疲労がたまっているようだ。

 やはり『わ・た・し』で癒して差し上げなければならない。


「それで、どうされます?」

「それでは、食事にしますわ」

「では、私を食べていただけるということですね!」

「そんなわけないでしょう!? 気持ち悪いことを言わないでくださいません!?」

「そんなことを言われましても」

「でしたら、先にお風呂にしますわ。というか、このボロの安宿にお風呂なんてついていますの?」

「ご心配なく! 私がお姉様のお風呂になります!」

「意味が分かりませんわ!?」

「私が老廃物とういう老廃物を全て丁寧に落として差し上げます! 全身をお姉様に身体に這わせて、念入りに!」

「一線を越えた気持ち悪さ!?」


 お姉様はドン引きしていた。

 そんな表情を見ていると、堪らなくそそられる。

 やっぱり、お姉様は最高だぜ!


「では『食事』も『お風呂』も拒否ということでしたので、残った『わ・た・し』に決定ということで――」

「どれを選んでもそこに行きつくことになるじゃありませんの!」

「全ての選択は私とお姉様の交流につながるのです」

「……いっそのこと、もう一部屋とりましょうか。いえ、イヴなら鍵をかけたドアなど物ともしないでしょうし……。そもそも、そんなお金はありませんわね」

「そんなに深刻に考えなくても……。ずっと一緒に住んでいたじゃないですか」

「その時とは、状況が変わっていますわ!」

「……ええ、そうですね」


 少し前、私達は屋敷の離れで一緒に暮らしていた。

 とある事情から、お姉様は身を隠す必要があったのだ。

 私が住んでいた離れは都合がよかった。


「とりあえず、ふざけるのは後にしなさい」

「私は本気ですが」

「本気でも後にしなさい。これからのことについて、話をしておきますわ」


 そう言って、お姉様は真面目な話を始めた。

 もう少し興奮したお姉様を見ていたかったけれど、仕方がない。


「まず、現状の確認をしておきます。私達の目的地は魔法学院でしたが、近隣で『魔人』の姿が確認されたため、七日間の行動制限が義務付けられましたわ。その結果、馬車が出なくなりました」


 それについては、その通りだ。

 その結果、私達は『ブルード』という名前の小さな町に滞在せざるを得なくなったのだ。

 周囲は森に囲まれており、町の周りには粗末な柵がある程度。

 魔人が現れたらひとたまりもないだろう。


「この町には宿屋が一つしかなかったため、仕方なくここに泊ることになりました。ですが、私達は問題に直面しています。なんだか分かります?」

「お金がありません」

「正解ですわ!」


 私達は半ば追放のような形で、家を追い出された。

 そのため、金がないのだ。魔法学院までは何とかもつはずだったが、それ以上は難しい。

 換金できそうなものはあるけれど、それを換金してくれそうな店がこの小さな町にはなかった。


「というわけですので、明日から稼ぐことにします」

「具体的には、何を?」

「それに関しては、目星をつけてあります。目立たず、それでいて稼げるお仕事ですわ」

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