第4話 私は誰?(解答編)
1
「お姉様にとって、私は誰なのでしょう?」
その答えは簡単です。
イヴ・アイリーン。私の妹。
どこからどう見ても、目の前にいる子はイヴです。
ですが――。
それが答えであるのであれば、質問の意味がありません。
わざわざ深夜に部屋に忍び込んできたというのに、意味のない質問をするとは考えられません。
ですから、私は考えなければならないのです。
目の前にいるイヴは、何者なのか。その問題の意味と答えを。
「質問をしていいかしら?」
「はい」
「貴女、イヴなのよね?」
「そうとも言えますし、そうでないとも言えます」
イヴであり。
イヴ以外の何かでもある。
意味が分かりません。
「そんなこと、あり得ませんわ」
「いいえ、あり得るのです」
矛盾している――。
そのはずですが、それが矛盾していないとしたらどうなるでしょうか。
そもそも、イヴは常識では測れない子です。
ですから、真相にたどり着くためには常識は邪魔になります。
私は、常識を捨てることにしました。勿論、後で回収はしますが。
まずは、イヴの観察。
薄暗い中だから、よく分かりません。
だけど、肌艶がよくなっているような気がします。
そもそも、あれ程弱っていたのに、しっかりと私の前で立っています。
気になる点は、他にもありました。
先ほどから、目の前のイヴは自分が死んでいるかのような発言を繰り返していました。
それに、私に対する態度が変わっています。
イヴは私のことを『お姉様』と呼んでいました。
それにもかかわらず、このイヴは私のことをただ『イリア』と呼びます。
あり得ないとは思いますが――。
目の前のイヴが、イヴの姿をした偽物であるという可能性が考えられます。
ですが、そんなものはあり得ません。そんな偽物が存在するはずが――。
「え、嘘……」
心当たりはありました。
それは、イヴから説明を受けていました。
「分かりましたか?」
「まさか、本当にそんなことをしたの? 何故そんなことを……」
「それに対する答えは簡単です。イヴならこう答えるでしょう。『そこにお姉様がおられるからです』と」
2
たどり着いた結論はとんでもないものでした。
この子は――いえ、イヴ・アイルーンは確かに命を落としていたのです。
まだ、証拠はありません。
ですが、常識を排し、ただ理論だけで考えるとそういうことになるのです。
「では、お考えを聞かせてください」
「イヴがその行動に出た理由は、私と一緒に魔法学院に行くため」
「正解です。続けてください」
「イヴが魔法学院に行く方法は三つ考えられましたわ。一つは、生徒として魔法学院に通うということです。ですが、これは年齢制限に引っかかるため不可能です」
「そうですね」
「二つ目は従者として、私に付き従って魔法学院に行くことです。ですが、これもお父様に禁じられています。イヴも納得していたはずです」
「そうですね」
「三つ目は、従魔として私に付き従うというものです。これは人間であるイヴには不可能です」
「おや、これでは八方塞がりですね」
「ですが、イヴはこの三つ目の選択肢については、諦めるとも不可能だとも言っていませんでしたわ。イヴを基準に考えれば、彼女はこの方法を取ったと考えられますわ」
「どうやって?」
「イヴはスライムを研究していました。そして、その中には『擬態』を行うことが出来るスライムがいると言っていました。つまり――」
この先を口にしたくはありませんでした。
ですが、私は理解してしまっていました。
論理的にも、感覚的にも、それ以外はあり得ないと確信してしまっていました。
「つまり、イヴ・アイルーンは、スライムに自分を殺害させたのです。そして、スライムとして生きることにしたのです!」
「正解です。イヴは私のことを『ミミック・スライム』と呼んでいました」
それは異常としか言えない行動だった。
彼女が死んだのは、私の従魔になるためだ。
元の人格を再現できるとしても、それは完ぺきではないはずだ。
「私は正解にたどり着きました。今度はこちらから聞きます。この質問には、何の意味があったんですの? イヴの死を私に推理させることに何の意味があったというんですの!」
「残念ですが、未だ質問に答えてはいただいていません」
「どういうことですの?」
「私は貴女に問いかけました。『私は誰なのでしょう?』と。それは、貴女にその答えを教えて欲しかったからなのです」
3
「これからお話しするのは、イヴ・アイルーンの最後です」
イヴ――いえ、イヴの姿をしたスライムは静かに語り始めました。
「貴女が部屋を出て行ってから、イヴは屋敷を抜け出しました。そして、離れに戻り、私の封印を解きました」
それはスライムの独白でした。
「彼女が最後の場所として選んだのは、浴槽でした。彼女は服を脱いで浴槽に身体を沈めました。そして、ミミック・スライム――つまりは『私』を浴槽に入れました」
それ以上は聞きたくありません。
スライムに身体を奪われる。
それが苦しくないはずがありません。
「耳を塞がないでください。これは、イヴ・アイルーンが貴女のためにしたことです。貴女にはそれを聞く義務があります」
「分かりました」
「私はイヴの身体を覆い、再構築を行っていきました。その痛みは、人間にはとても耐えられるものではありません。イヴは麻酔効果のある魔法を使うことが出来ましたが、それはしませんでした」
「何故ですの?」
「理由は二つあります。一つは、私が『擬態』するスライムであり、擬態の対象となった生物の意思を引き継ぐという性質を持っているからです。その意思が強ければ強い程、その引継ぎは確固たるものになります。ですから、イヴ・アイルーンの意思を残すために、最後まで意識を保っていたのです」
それがどれほど苦しいか。
想像しただけでも辛くなる。
「もう一つは、貴女への愛です」
「愛?」
「あれは貴女への愛ゆえに行う行為でした。その痛みは貴女への愛の表現に他なりません。ならば、それをそのまま感じるべきなのだ。それがイヴの考えでした」
崩れ落ちた。
『お姉様のためなら死ねる』
『お姉様の側にいる為なら命も惜しくはない』
彼女はそう言っていた。その言葉に嘘はなかった。
そして、誇張もなかった。
それを私は信じることが出来なかった。信じる以前の問題だった。
そんなことはあり得ない。
そう思って切り捨ててしまっていたのだから。
「そんなの、私が殺したようなものではないですか」
「そうですね。貴女が魔法学院に行ってしまえば、また会えなくなってしまう。それはイヴにとって、最悪の展開でした。だから、それよりはマシな未来を勝ち取ろうとしたのです。その手段として残されていたのは自らが『従魔』となることだけでした。ですから、貴女が殺したと言っても過言ではありません」
イヴを殺した。私が殺した。
「ですが、勘違いしないでください。イヴの真意を見誤らないようにしてください。彼女はそれを望んでいたということを理解し、納得し、覚えておいてください。それがイヴの望みなのです」
「私のために?」
「はい。証拠ならあります」
「証拠?」
「私はあらゆる人格やスキルを吸収して来ました。私の中には無数の人格が存在するのです。それにも関わらず、今の私は自らのことをイヴ・アイルーンだと認識しています。つまり、彼女の意思はそれ程までに強かったということです」
「意思が、強い?」
「元々、イヴ・アイルーンは主体性のない性格をしていました。離れに軟禁されていても文句ひとつ言わず、暇つぶしに母親の研究を継いだだけ。その意思は薄弱そのものと言っていいでしょう。しかし、私の中の主人格はイヴになっています。それを支えているのは、貴女への想いだけなのです」
理解できない。
「信じられませんわ」
「では、昨日のイヴの言葉を思い出してください。あれは、この状況を想定した言葉だったでしょう?」
昨日の言葉。
『従魔を連れて行ってください。約束ですよ?』
従魔を連れていく約束。
確かに、その通りだ。あの言葉は、生きているイヴが発したものだった。
あの時には、自らをミミック・スライムに捕食させるつもりでいたのだ。
全ては、私から離れないために。
「貴女が悲しむ必要はありません。スライムになってでも貴女と一緒にいたいというイヴの願いは叶うのですから。従魔として、貴女の側にいたいという願いが。この状況は全て、イヴ・アイルーンの望みどおりなのです」
信じられなかった。
でも、信じざるを得なかった。
「ここまでの情報を全て開示した上で貴女に問いたいのです。貴女は私をイヴ・アイルーンとして認めてくださるのか。それでは、再度伺います。『貴女にとって、私は誰なのでしょう?』」
私は立ち上がります。
この宣言をする時に、見っともない姿は見せられません。
「貴女は、イヴ・アイルーンですわ! この私、イリア・アイルーンが認めます! 貴女を私の従魔とします! そして、一緒に魔法学院へ行きましょう!」
涙が止まらなかった。
この子はイヴだ。
何故なら、イヴがそう望んでいるのだから。
私はこの子と一緒に生きていく。
その決意を胸にした。
「では、私は貴女を『お姉様』とお呼びしても?」
「当然ですわ! 貴女はイヴなのですから」
私がそう答えると、スライム――いえ、イヴは私の胸に飛び込んできました。
私は彼女の身体を軽く抱きしめました。この体温、この感触。その全てがイヴそのものです。
「お姉様。いつまでも一緒にいさせてください」
「ええ、勿論ですわ」
涙が止まりませんでした。
悲しみと嬉しさが混在した不思議な感情に包まれていました。
この子を大切にしよう。この子のためなら、何でもできる。私はそう思いました。
ええ、この時は思ったのです。
ですが――。
「やったぜ! 言質とったり!」
「……へ?」
4
「失礼、素が出てしまいました」
「え、あの、どういうことですの?」
「いえ、大したことではないのです。ただ、魔物になったからと言って、お姉様が私のことを本当に従魔にしてくれるか分からなかったので、こうして一芝居してみました」
「芝居!?」
なんだか、言葉がとても軽い。
全て嘘だったのではないかと思えてしまうような軽さです。
一体、どこからどこまでが嘘だったというのでしょうか。
「たかが魔物になったくらいで、連れて行ってくださるとは限りませんから。私がスライム化して健康になったら、翻意してしまうかもしれません。ですから、こうして従魔としての契約をしていただけるまで大人しくしていたのです」
「え……、いや、たかが魔物になったくらいって――」
「私の身体をスライムに吸収させて、スライムの頭脳を私が乗っとる。これ、もう私でいいんじゃないですか? 本人という認識でいいのでは?」
「違うと思いますわ!?」
「人間の細胞って、大体4年くらいで入れ替わるそうですよ? 同じようなものです」
「そんなものですの?」
「はい! それでは、末永くよろしくお願いしますね、お姉様!」
「え、ええ」
「あ、そうだ。私、スライム化したことで、新しい特技を覚えましたよ? この特技を使ってこの部屋にも入ってきたのです」
「特技ですの?」
「はい」
そう言うと、イヴの身体が崩れていった。
それはとてつもなく奇妙な光景で、気が遠くなってしまった。
「どうです? これで小さな隙間からも侵入できるようになりました!」
もしかしたら、私は判断を誤ってしまったのかもしれません。
魔法学院に行く不安など、消え去ってしまいました。
それよりも奇妙で厄介な存在――それでいて愛しい妹が、目の前に現れてしまったのですから。
シリアスはここで終了です。次からコメディが始まります。




