第3話 私は誰?(問題編)
【Side イリア】
1
どうしてこんなことになったのか。
最近の私は、こんなことばかり考えています。
その起点となったのは、間違いなく王都での出来事でした。
私は三年間、王都で聖女として尽くしてきました。
ですが、突然その地位を剥奪されたのです。なんでも、私が偽物の聖女だったのだとか。
国からされた説明は、どれも疑問だらけでした。あるいは、虚偽だらけでした。
聖女にだって、なりたくてなったわけではありません。
私は王都を追われ、魔法学院に行くよう命じられました。
そこは、貴族ばかりが通う学院です。
聖女の地位を剥奪されたうえに、濡れ衣まで着せられてしまった私がそんなところに行ったら、どうなるか分かりません。
私は怖かったのです。
だから、逃げ出しました。
魔法学院へ向かう馬車から飛び降り、身体強化魔法を使って走り去りました。
向かう先は、実家でした。
家に戻れば、何とかしてもらえるのではないか。
そんな浅はかなことを考えていたのです。
家につくまで、私は丸一日走り続けました。
魔力が続く限り、気力が続く限り、逃げ続けました。
ですが、たどり着くことは出来ませんでした。
いえ、たどり着くことは出てきていましたね。
ただし、私が辿り着いたのは、存在も知らなかった別宅のほうでした。
そこで、私はイヴとの再会を果たすのです。
2
私を助けてくれたのは、イヴでした。
イヴ・アイルーン。私の妹。
久しぶりに再会した彼女は、とてもやつれていました。
顔つきは可愛らしいのですが、顔色がよくありません。
髪も奇麗な銀色なのですが、それもぼさぼさにされたままです。
彼女の母親が亡くなっていたのは知っていました。
しかし、別宅に住んでいることは知りませんでした。
態々家を建ててまで、イヴを遠ざけておきたかったのでしょうか。
愛人の子だという理由で。
お母様ならともかく、お父様にそのようなことをする資格はないはずです。
ただ、このことは、私にとっては好都合なことでした。
この別宅には、メイドが一人来るだけ。
私が隠れるには最適な場所だったのです。
イヴは私を受け入れてくれました。
こうして、私達はともに暮らし始めました。
考えてみれば、私はイヴのことをあまり知りません。
彼女と仲良くするとお母様の機嫌が悪くなるので、極力接点を持たないようにしていたのです。
話をしてみると、イヴは変わった子でした。
なんでも、彼女の母親から、スライムの研究を引き継いでいたというのです。
ちなみに、私は目覚めと共に、その洗礼を受けました。
クリーン・スライムによって、身体を奇麗にされていました。
こういうのは、同意を得たうえでやるべきだと思います。
閑話休題。
イヴは私を匿ってくれました。
その代わりに、私は魔力を提供することになりました。
スライムの培養には魔力が必要らしいのです。
魔力量だけには自信があったので、私に適した役割でした。
「こんな逸材を追放するだなんて、何を考えているんでしょうね?」
イヴはそう言ってくれました。とても嬉しかったのを覚えています。
いつしか、イヴはなくてはならない存在となっていました。
この別宅だけが安らげる場所で、イヴだけが心を開ける相手となっていました。
だから怖かったのです。
イヴは病に侵されていました。
いずれイヴまでも失ってしまうのではないか。
そう考えると、不安で仕方がなかったのです。
その不安は、日に日に強くなっていきました。
吐血をするたびにイヴが死んでしまうのではないかと恐怖しました。
そして――。
その日がやってきてしまいました。
イヴが大量に吐血し、倒れたのです。
着ていた服は真っ赤に染まり、苦しそうにもがいています。
これは私の手には負えない。
だから、私は助けを求めることにしました。
そのためには両親の前に姿を現さなければなりませんが、仕方がありません。
今の私にとって一番恐ろしいのは、魔法学院ではなく妹を失うことだったのですから。
結局、イヴの病気に対しては何も手の映用がないようです。
魔法学院へ行く約束をさせられてしまいましたが、アイルーン家が行った処置は『ベッドに寝かせる』ということだけ。
私は、目を覚ましたイヴに別れを告げました。
彼女は、従魔となるスライムを用意してくれると言いました。
そのスライムを心の拠り所にしよう。
そう思いました。抵抗はあるけれど。
3
深夜、私は屋敷の一室でベッドに入っていました。
ですが、眠気は全く訪れません。私の心は不安と悲しみに支配されていました。
朝になれば、魔法学院に行かなければなりません。それはとても憂鬱なこと。
ですが、今となってはそんなことはどうでもいいのです。
私が最も心を痛めているのは、イヴについてです。
彼女は病に侵されていました。
そして、その病は私の魔法では助けられないものでした。
身体は衰弱しており、今日はついに大量の血液を吐いてしまいました。
後どれくらい生きられるのかも分からない状況。
明日死んでいても不思議ではありません。それを思うと、涙が溢れます。
三年ぶりに再会し、初めて仲良くなれた。
おそらく、私は二度と彼女に会うことはないでしょう。
病状があそこまで悪化してしまえば、手の施しようがありません。
魔法学院に行っている間に、死んでしまう。
悲しさと口惜しさ。それに、失う恐怖。
そういった感情が入り混じり、私は涙を流していました。
どうせ誰にも見られていないのですから、我慢はしません。
もっとも、大声を出したりはしませんが。
ですが――。
「イリア」
突然、私を呼ぶ声がありました。
ドアは閉め切っており、私が来てから一度も開かれていません。
部屋の中には、私以外誰もいないはずでした。音も全くなかったはず。
だけど、恐怖はありません。
その声は、イヴのものでした。
見れば、ベッドの横にイヴがいました。
別宅で静養していたはずの彼女が、気が付けばここにいたのです。
私は急いで身体を起こしました。
「イヴ!? どうしてここに!? いえ、それよりも、体調は大丈夫ですの!?」
「体調に関しては、問題ありません」
問題ないはずがありません。
あれだけの血を吐いたのですから、本宅に来るのもやっとだったはず。
ですが、イヴは本当に平気そうでした。
呼吸も乱れていませんし、ふらついてもいません。
これは、どういうことなのでしょうか。
「貴女に、どうしても、話しておきたいことがあるのです。どうか、聞いていただけないでしょうか?」
「それは構わないけれど」
そう答えると、イヴは話し始めました。
それは、私とイヴが再会してから今日にいたるまでの物語。
イヴが言うには、彼女が私に再開してから死ぬまでの話ということでした。
思い出話、とでもいうのでしょうか。
私には、それが思い残しをなくすための行動に思えました。
ですが、それは誤りでした。私はまだ、イヴという妹を理解できていなかったのです。
彼女の意思の強さ。
知識と勇気と行動力。
それを過小評価していたのです。
「今日はお話をさせてもらい、ありがとうございました」
「嬉しかったのは、こちらのほうですわ」
「ありがとうございます。ですが、イリアに言わなければならないことがあります。いえ、うかがわなければならないことがあるのです」
深刻そうな声音で、イヴは言います。
「お姉様にとって、私は誰なのでしょう?」




