第2話 同棲生活
1
イリアが転がり込んで来た日の翌日。
王都からの使者がやって来た。目的は勿論、イリアの捜索だ。
なんでも、イリアは王都で聖女としての地位を剥奪されたらしい。
婚約破棄までされたとか。
その上、悪名高い魔法学院へと追いやられそうになっていたのだ。
使者は別宅へもやって来た。
だが、病魔に侵されたイヴの姿を見ると、すぐに撤退していった。
「うつるといけませんので、短時間でお願いします」と言うと、本当に短時間の捜索で済ませたのだ。
実際は感染の危険はないのだが、その知識を求めるのは酷だろう。
捜索の間、イリアには秘密の隠れ場所に隠れてもらっていた。
その隠れ場所というのは、培養したスライムの中だ。
その名もミミック・スライム。
このスライムは、取り込んだ生物に擬態をすることが出来る。
それは人間も例外ではない。
もっとも、イリアは、魔力での防御層を作ったうえで内部に入っているため、取り込むことは出来なかったが。
使者が別宅を出て行くと、イリアがミミック・スライムの中から出てきた。
防御層は完璧だったようで、スライムの欠片すら身体に付着していない。
やはり、お姉様は最高だぜ!
イヴはそう考えた。
2
同居生活は順調だった。
イリアは邪魔にはならなかった。
それどころか、聖女としての魔力は役に立った。
彼女はありとあらゆる種類の魔力を操ることが出来た。
その魔力のおかげで、研究用スライムを急成長させることが出来たのだ。
王都では偽聖女扱いされていたらしいが、その膨大な魔力が常人の比ではないことに疑いはない。
王都の人間は、どうして彼女を追放してしまったのか。
それはどれだけ考えても分からなかった。いずれ分かるのだろうか。
二人の関係は良好だった。
食事については、イヴは元々少食だった。
そのため、食事の大半はスライムの餌となっていた。
その食事を姉に与えるだけで、生活は出来ていた。
イヴの介護もイリアがしてくれるようになった。
そのため、イヴの生活はこれまでに比べてはるかに充実したものになった。
こうして、二人の生活は続いていった。
3
転機が訪れたのは、一緒に住むようになってから五日後のことだった。
この頃には、イヴはすっかり二人の生活に慣れていた。
もはや、イリアなしの生活など想像できなかった。
ここで暮らすのは、イリアにとっても最良の選択だと考えていた。
魔法学院に行けば、イリアは迫害されることになる。そのことは分かり切っていた。
だから、しばらくの間――少なくとも、何らかの打開策を思いつくまでは、ここにいて欲しかった。
だが、それは長くは続かなかった。
ある日、イヴは血を吐いた。
それも大量に。呼吸も出来ないほどに。
それは、これまでもあったことだ。
自分で対処することは出来た。安静にしていれば、そのうち治まった。
だが、イリアはそのことを知らなかった。
なんとしてもイヴを助けたいと考えたのだろう。
彼女は本宅へと向かってしまった。
声を出せなくなったイヴは、それを止めることが出来なかった。
それでも、イヴは諦めなかった。イリアとの生活を続けたいと思っていた。
だから、ベッドから這い出て、床に落ちた。
そのまま床をはいずり、ドアまで行く。
気力を限界まで振り絞り、吐血したまま立ち上がる。
そして、外に出た。
そこは、死の世界だった。
他の人間にしてみれば、ただ寒いだけの環境だ。
だが、イヴにとってそれは致命的なものだった。
一歩前に出るごとに、命が削られていくことを実感した。
それでも、イリアの下へ行きたかった。
それで今日、命が終わるとしても、引き留めたかった。
本宅の玄関先では、イリアが両親に問い詰められていた。
イヴの危機を伝えに来たはずなのに、それは後回しにされていた。
「どうしてこんなところに!? お前がいなくなったと大騒ぎになっているのだぞ!」
「申し訳ありません! ですが、イヴが大変なのです! どうか、イヴを助けてください!」
「では、お前は魔法学院へ行け。それが王命だ。それを拒否するのであれば、イヴはこのまま放っておく」
「分かりました! だから、早く――」
イリアはここで言葉を切った。
使用人たちが騒いでいることに気づいたのだ。
玄関に目をやると、そこには満身創痍のイヴがいた。
着ている服は、吐血で真っ赤に染まっていた。
「イヴ!」
イリアが駆け寄ると、イヴは床に倒れた。
顔色が悪く、身体も冷え切っている。
時折口から血液が溢れだしている。
イヴの命の灯が、消えようとしていた。
4
気が付くと、イヴは別宅にいた。
目を覚ますと、イリアが驚いた顔をしていた。そして、涙を流し始める。
「イヴ……。よかった……」
「イリアお姉様?」
「起き上がろうとしないで。沢山血を吐いていましたわ。しばらく、安静にしていないと」
「……はい」
流石のイヴも、起き上がるのは難しそうだった。
今回は本当に危ないところだった。死んでいても不思議はない。
というよりも、まだ生きていることの方が不思議だった。
だが、分かる。自分の命は、そう長くないのだと。
これは、最後に与えられた幸せな時間なのだと。
イリアがイヴの手を取ると、その温かさが伝わってくる。
それだけで、涙が流れた。
同時に、本宅での出来事を思い出す。
「お姉様……。私のせいで……」
「気にすることはありませんわ。本来であれば、最初から魔法学院には行かなければならないことになっていたのですから。それに、イヴが私を見つけてくれなかったら、私は寒空の下で死んでいましたわ」
「でも――」
「ごめんね、イヴ」
そう言って、イリアは頭を撫でた。
あやまるのはこちらのほうなのに。
視界が涙でにじむ。しっかり見たいのに、イリアの顔もにじんでしまう。
「お姉様。それなら、私も一緒に魔法学院に行きます」
「それは無理よ。入学資格は十五歳以上の優秀な魔法使いということだし」
魔法学院については、知っていた。
イヴの母親が、一時期通っていたことがあるらしい。
入学資格は、確かに十五歳以上。イヴが年齢を誤魔化すことは難しいだろう。
「でしたら、従者として――」
「駄目だよ。イヴはまず、身体を治すことを優先して。治ったら、私の従者になってもらおうかな」
そんな日は来ない。来るはずがない。
体調のことは、自分自身がよく分かっている。
自分の命はもう長くない。今日は、残された時間を短くしてしまった。
イリアの従者になれる日は、決して訪れない。
だから、思考を巡らせた。
イリアのために何をすることが出来るか。
イリアのために、何をしてあげたいか。
そして、一つの結論を得た。
「でしたら、私が用意した魔物を『従魔』として連れて行ってください。最高の魔物を用意させていただきます」
「……それって、スライム?」
「はい。どうか、そのスライムを私だと思って可愛がってください。勿論、お姉様の役に立ちます」
「分かりましたわ。その程度でしたら――」
「必ずですよ!」
「ええ。それよりも、イヴ。もう休みなさい」
イリアは優しくイヴの手を握った。
それが、二人の最後の会話となった。




