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第1話 姉との再会

     0


 マルケス大陸にイヴ・アイルーンあり。

 彼女の功績により、アルス王国は発展を遂げることになる。

 この世界に大きな変革をもたらすことになる。

 その彼女は、様々なインタビューを受けてきた。

 何故このようなことが出来たのか。

 何故取り組もうと思えたのか。


 彼女はそれらのインタビューに対し、丁寧に説明を行ってきた。

 だが、最後にはこう帰結するのだ。


「そこにお姉様がおられるからです」


【『イヴ・アイルーンの功績』より抜粋】


     1


 物語を始めるにあたり、最初に紹介するべき人物がいる。

 イリア・アイルーン。


 世界で最も美しく尊いお方だ。

 世界各地で発生する瘴気を浄化する魔法を使うことができ、少し前までは聖女として国中の人々から尊敬を集めていた。


 だが、事情があって、今は実家に戻ってきている

 一時滞在と言った方がいいかもしれない。

 アイルーン家は、彼女のことを勘当してしまっているのだから。


 彼女はこれまで辛い目にあってきた。そのせいで、傷ついている。

 出来ることであれば、そっとしておいてあげたい。


 だけど、それは出来ない。

 彼女には、真実を告げなければならない。

 それは、他ならぬ彼女の妹イヴのためだ。


 だから問いかけるのだ。

()()()()()()()()」と。


 イリアは困惑するだろう。

 だが、彼女はそれに答えるだろう。

 残酷な真実を地理解し、答えることが出来てしまうだろ。


 イヴと一緒に過ごした期間は長くはない。

 だが、必要な情報は与えられているのだから。


 さて、そろそろ物語を始めよう。


 これは、イヴ・アイルーンの『最後の物語』だ。

 彼女がイリアと再会し、()()()()()()()()()()だ。


     2


 オニキス大陸南西部に位置するドラゴニア帝国は、世界で最も強大な帝国である。

 聖アリス教の聖地も首都に存在し、列強諸国とは常に緊張関係にある。


 もっとも、それはイヴ・アイルーンにはあまり関係ない話であった。


 彼女はアイルーン伯爵家の次女である。

 年齢は十歳。母親とは三年前に死別しており、それ以来アイルーン家の離れで生活をしていた。

 というのも、彼女の母親がアイルーン家に勤める侍女であったことが原因だ。

 彼女の母親は、当主ヴァンダムに手を出され、イヴを身ごもった。


 イヴは長い間、母親と一緒に本宅で暮らしてきた。

 肩身は狭かったが、何とか生活できていた。


 だが、三年前にイヴの母親は病気で亡くなった。

 その後、イヴは敷地内に建てられた小さな別宅で生活することになった。


 その直後、彼女は病に倒れ、少しずつ身体が弱っていた。

 呼吸をするたびに肺が痛んだ。

 起き上がるたびに意識を失いそうになった。

 横になっていても、吐き気に襲われた。


 彼女の人生は闇に覆われていた。


 誰も助けてくれない。

 何も楽しくない。

 生きていても仕方がない。

 だから、早く死にたかった。


 だが、この日――彼女の運命は大きく変わることになる。


     3


 イヴ・アイルーンは病弱な少女だ。

 そのため、一人で出来ることは限られており、食事や身の回りの世話は使用人がしてくれる。

 唯一の趣味ともいえる『魔法生物の研究』も室内で事足りる。

 そのため、イヴは滅多に外に出ない。


 だが、その日はふと外の様子が気になった。

 何故だかは分からないが、外に何かがあるような気がしたのだ。

 比較的体調も悪くなかったことから、イヴはゆっくりとした足取りで玄関へ向かった。


 少しだけ外の様子を見て、すぐにドアを閉めるつもりだった。

 だが、そういうわけにもいかなかった。


 ドアを開けると、家の前に女性が落ちていた。

 こういう場合は『倒れていた』と表現するのが正しいのだろうか。

 服は汚れているが、肌には張りがあり健康的だ。

 ロール状の金髪と整った顔立ちが特徴的。

 その特徴から、イヴはある人物を思い出した。


「あ、これ、お姉様だ」


 イリア・アイルーン。

 アイルーン家の長女であり、イヴの腹違いの姉である。

 姉に合うのは三年ぶりのことだった。


 確か、聖女としての才能を見込まれて王都に召し上げられていたはず。

 その姉が、どうしてここにいるのだろうか。


 疑問には思ったものの、それを考えるのは後にすることにした。

 家の前で見つけてしまったからには、放置するわけにもいかない。


 とりあえず、しゃがみ込んで様子を観察する。


 気は失っているようだが、大きな外傷はないようだ。

 呼吸もしており、疲労のあまりここで倒れてしまったのだろう。

 頬を叩いてみるが、目を覚ましたりはしなかった。


 どうにかして、持ち上げる必要がある。

 病に伏せているイヴにとって、それは重労働だ。

 だが、やらないわけには行かない。

 だから、あまり使いたくはない手段を使うことにした。


 まずは、深呼吸。

 そして体内の魔力の巡回を意識的に速くして、身体能力を上昇させる。

 そのまま、イリアの身体を担ぎ上げた。

 身体は汚れているが、それを気にしている余裕はない。


 急いで家の中に入り、ベッドの上に乗せる。

 シーツの洗濯はメイドがやってくれるから、別に構わない。


 これで任務完了。

 イヴはゆっくりと体内魔力の速度を戻していった。

 急激に戻してしまうと、貧血時のように体に力が入らなくなり、倒れてしまうのだ。

 もっとも、ゆっくりやったとしても、貧弱なイヴの身体には大きな負担となる。

 彼女はベッドの上に倒れ込んだ。


     2


 イヴが意識を取り戻すと、すぐ隣にイリアがいた。

 イリアは未だに意識を取り戻していなかった。


 他方で、イヴも身体を動かさない。いや、動かせなかった。

 病魔に侵された身体というのは、厄介なものだ。


 仕方なしに、イヴはイリアの顔を見ていた。

 見れば見るほど整った顔立ちだ。

 まるで人形のように美しい造形をしている。

 長いまつげ、整った鼻筋、薄い唇、美しくきめ細かい肌。

 これが人類の完成形なのではないかとさえ思えてくる。


 イヴはイリアの顔から眼を話すことが出来なくなっていた。

 その原因は分からない。

 だけど、そうしているうちに、彼女の身体に異変が起きた。

 体温が上がり、呼吸も荒くなってきた。軽い興奮状態になっている。


「これは一体……」


 イリアが原因であることは確かだろう。

 そして、それが身体ではなく精神に起因するものだということも分かっている。

 精神というよりは、感情だろうか。


 おそらく、恋愛感情ではないだろう。

 親愛とも違う気がした。


 では、何と表現すればいいのだろうか。


 イヴはそれに当てはまる言葉を探した。そして、見つけた。

 そう――これは、崇拝だ。

 イヴには、イリアが何よりも貴い存在に思えたのだ。

 それは、恋も愛も超越した感情だった。

 まだ、目を覚ましてすらいない。

 そんなイリアに対し、これ以上がないような感情を抱いてしまっていた。


 イヴが最後にイリアに会ったのは、三年前のことだ。

 当時のイヴは七歳。この頃はまだ本宅に住んでいた。

 彼女を含めたアイルーン家の面々と一緒に、王都に向かうイリアの見送りをしたのが最後だろう。


 あの時から、イリアは美しい人だった。

 十五歳でありながら大人の色気を備えていた。

 使用人の中には、下心を話す者もいた。

 背が低くて目立たなかったイヴは、そういう会話をしている場面に何度か出くわした。

 幼いながらも『下世話なものだ』と呆れたのを覚えている。

 うん、下世話だ。


 だけど、イヴはこの時、彼らの気持ちを完全に理解した。

 このお姉様は魅力的過ぎる。

 ずっと見ていたいくらいだ。


 だが、そうもいかない。

 イリアのために、動かなければならない。


 少しすると、ようやく身体に力が入るようになってきた。

 イヴはゆっくりと身体を動かし、起き上がった。

 そして、やるべきことを考える。


 だが、特に何も思い浮かばなかった。

 怪我をしているわけではないのだから、このまま放っておけば目を覚ますだろう。

 そう言えば、一般的な看病の方法として額に濡れた布を置いておくことが考えられる。

 あれでもやっておくことにしよう。

 いや、放熱が目的であるなら、もっといいものがある。


 イヴは『いいもの』を姉の額に置いた。

 これで完了。


 他にやることもないので、研究を進めることにした。


     3


「ん……」


 しばらくすると、イリアが目を覚ました。

 ゆっくりと目を開ける。次の瞬間――。


「きゃあああ!?」


 イリアはベッドの上で暴れ回った。

 何が起きたのかと思っていたら、イリアは服の中からスライムを取り出した。

 そして、それを投げ捨てる。


「な、今の何!?」

「ああ。あれは身体を清潔に保つためのスライムです」

「スライム!?」


 イヴはここでスライムの研究を行っていた。

 眠るときにスライムに身体を奇麗にさせているのだ。

 イリアがイヴのベッドで眠っていたため、同じように身体の汚れや老廃物を除去していたのだろう。


「ここ、どこ?」

「ここはアイルーン家の別宅です。又の名を『隔離場所』ともいいます」


 イリアはイヴを見た。


「もしかして、貴女、イヴ?」

「はい、貴女の従順な妹『イヴ・アイルーン』です」

「従順なって……。それに、別宅って何ですの?」


 イリアは事情を知らなかった。

 話を聞くと、実家からは断片的な情報しか受け取っていなかったようだ。

 イヴの母親が死んだことは書かれていたが、イヴを別宅に移したことは書かれていなかった。

 また、イヴの病気についても同様だ。


 イヴは、この三年間のことをイリアに話した。

 すると、イリアは憤慨した。イヴのために、憤慨してくれた。


「お父様も、お母様も、なんてことを!」

「ご心配なく。むしろ、一人でいた方が気楽でいいのです。それに、ここなら心おきなく研究も出来ますから」

「研究? 何の研究をしているんですの?」

「スライムの研究です」

「スライムの?」

「元々、母が魔法生物の研究をしていましたから、それを引き継いだのです。時間だけはたくさんありましたし、余分なことに時間を割かれずに済むので、とでも捗りました。実験を重ねていくうちに、沢山の亜種スライムを作り出すことに成功したんですよ?」

「へ、へぇ。そうなんですの」


 イリアは興味を示した、とイヴは考えた。

 となれば、イリアのために説明をせずにはいられなかった。


「こちらは、少ないエネルギーで移動を続け、家の中のゴミを吸収してくれるスライムです。クリーン・スライムと命名しました。床に放っておくと、自動で家を奇麗にしてくれる優れものです。そちらの容器に入っているのは、擬態能力を持ったスライムです。ミミック・スライムと命名しました。吸収した対象の情報を抜き取り、その情報に基づいた擬態を作り出すのです。持続時間も改良を加えることで長くなり、今では二十時間連続での擬態も可能となりました」

「そ、それはすごいですわね。でも、今は疲れているから、その話は後にしてくださる?」

「残念です。では、お姉様はこれからどうされますか? もうそろそろメイドが来るかと思いますので、その際に本宅に向かわれますか?」

「……本宅には行きたくありませんわ」

「やっほい!」

「やっほい?」

「失礼しました。変な咳が出てしまいました。やっほい、ごほごほ。ところで、本宅に行きたくないということでしたら、この別宅にご滞在ください」

「でも、迷惑じゃ……」

「そんなことはありません。迷惑だなんてとんでもない。むしろ、この別宅はお姉様に過ごしていただくために作られたと言っても過言ではありません」

「過言そのものですわ!?」

「ご慧眼、感服いたしました!」


 こうして、二人の同棲生活が始まった。

 これが、イヴ・アイルーンの人生において、もっとも幸せな時間だった。


 だが、彼女は分かっていた。

 これがいつまでも続くはずがないと。


 彼女には、時間が残されていなかったのだ。

第一章は全四話になります。コメディは第二章から始まります。

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