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記憶

「ユーキ・アサーナ。」


日本から海を隔てた遠い地で、言葉もまだ少ししか分かなかった頃。

学園の食堂で、どの列に並べば良いかを知らず四苦八苦していた結生に声をかけた少女がいた。

彼女は声がした方を向く。

長い栗色の髪、碧の瞳を持つ美しい少女が立っていた。


「ユーキ・アサーナ。発音、合ってるかしら?」


結生は元々、慣れない環境では極度に人見知りになる性格だ。

おまけに親元を離れ一人この国に移住したばかりで、慣れない寮生活も始まったばかり。

それに加えて、少女のまるで映画女優の様な輝かしい美しさに圧倒されて、完全にまごついてしまった。


「Яヤー(私は)…Яヤー(私は)…」


頭の中のロシア語辞典を必死にめくり、少女の問いに答えようとする。

そんな彼女に追い打ちをかけるように少女は早口で話しかける。

…いや、その時の結生にはそう聞こえていただけかも知れない。

しかし完全にパニックになりつつあった彼女は只ひたすらにЯヤー(私は)を連呼するだけのロボットと化していた。

顔色すらも青白く成りかけている結生に、少女は自己紹介をする。


「私はファラフナーズ。インドから来たの。貴方は中国人?皆から何と呼ばれているの?」


「ЯヤーЯПOНКАイポンカ(私日本人)!!!」


食堂全体に響き渡る怒声。

言ってしまった後で結生は激しく後悔する。

それと同時に、切った端からこぼれ出す様に言葉が溢れ出てきた。

カタコトのロシア語と日本語が混ざった支離滅裂な自己紹介だった。


「Яヤー、ユキ!ユキ・アサノ!アサーナНЕТニェット、ア・サ・ノ!あと呼び捨てバッド」


一言ごとにバラバラになっていく語彙でまくし立てる結生に、少女ファラフナーズは目を丸くする。

そして小首を傾げてこう尋ねる。


「貴方のお母さんは貴方を何と呼んでた?」


はっと我に返って冷静さを取り戻す結生。

そして狼狽後特有の虚脱感を伴った静かさでこう答えた。


「ゆきちゃん、て。」


「ユキちゃん。」


目が見えなくなるほど目を細めて、彼女は結生を呼ぶ。

思えばこの時がファラフナーズとの、最初の出会いだった…

激しく渦巻く意識の中心で、結生は思い返していた…


「そこまでだ!」


“灰色の枢機卿”の声が響く。

青いエネルギーの紐は消え、同時に部屋全体を覆っていた激炎も消失した。

かろうじて意識を保っていた結生は、不意に足の感覚が失せ、まもなく意識を失った。

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