闘いの理由
「スリプナーさん。貴方は…」
結生は静かに問うた。
身体的な感覚は既に無く、精神の働きのみが自己の存在を証明していた。
何処までも広がる無限の暗闇の中で、スリプナーの声が低く、厳かに響いた。
「私はね、貴方と一緒に色々な場所に行けて嬉しかった。夏の暑い空の下、秋の木枯らしが吹く道。冬は地面が凍るからお休み。その後、全てが生き返る様な春の空気。いつでも何処でも、そこには人の営みがあって、それぞれの抱える苦悩と、そして冒険があった。」
「……。」
「私は貴方にありがとうが言いたくて。」
緑色の自転車から、まるで波紋が広がる様に声が染み通って行った。
「廃棄されて形を失った後、私の魂はかなり長い事彷徨っていた気がする。あの方、オーデンセ教授は虚空から、私を拾い上げて言った。『人間になりたいかい?』と。」
「……。」
「私ははいと答えた。彼は自分だけが知る、秘密のルーンの魔法で、私に肉を被せて人間にした。」
「教授は、恐るべき知識の数々を見せつけ、ひけらかした。私はそれら魔法に夢中になった。そして次第に本来の願いを忘れ、彼の従僕となっていった。」
結生は、周囲の黒い空間と一体になったかの様に調和した、落ち着いた気持ちでスリプナーの話に耳を傾ける。
「教授の計画の一端を知った時、私は止めはしなかった。無から、魂を引き上げて救う術を、彼が知っているのを分かっていたから。命なんて軽いものだと思っていたの。」
「私は彼が本当に貴方を殺すと思っていた。貴方があの時食堂で、生き残っているのを見たとき。私は初めて、教授に操られている事に気が付いた。」
「スリプナーさん…」
「結生。」
古びた自転車が生命を取り戻したかの様に、緑色に一層輝いて、声が響く。
「生き延びてくれてありがとう。ようやくお礼が言えるわ。私の為に涙を流してくれて、ありがとう。そして、生き延びて頂戴。自分を犠牲にして誰かを護る為でもなく、死んで名誉を勝ち取る為でもなく。自分の生を全うする為に、闘うのよ。」
「スリプナーさん。」
結生は口無くして答える。
「こちらからも、ありがとう。古い友達が会いに来てくれた。嬉しいよ。」
結生は目無くして涙を流す。
「私は自分の為に、そして友達の為に闘うよ。」




