説明
…エージェント二人に強制的に連れ出されるマリーアを見送った後で結生はようやく、しばしの休息を得た。
身体の一部を欠いた右側頭部は不思議な感覚を伴って、ジンジンと痛んでいた。
何となくだが、実感が湧かなかった。
白い塗装が施された椅子の上で、駆けつけた医療班から止血と消毒の応急処置を受けながら結生は、ルシーアの頭部が転がっていた血溜まりの跡を眺めている。
たったの今まで…
一人分の遺体があったとは思えない程の空虚感。
煌めくシャンデリアの明かりが煌々と室内を彩る。
そしてその輝きの下、数多の血痕と消火された煉獄の遺物が無残に転がる。
そんな中で…
包帯の巻かれた右耳があった跡を押さえつつ、矢継ぎ早に灰色の男に質問を浴びせた。
“枢機卿”は、真向かいに椅子を移動して陣取り、結生に語りかける。
「…本来なら、君がもっと回復してから色々話したいわけだが…」
こくんと頷いて応じる結生に彼は続ける。
「直ぐに答えが欲しい、か。分かった。答えてあげよう。どうか落ち着いたままで聞いて欲しい。」
ファラフナーズはすぐ近くの壁に寄りかかり、焼け焦げた跡の残る床を感慨深く眺めている。
“枢機卿”は言った。
「まず、第一に我々が君を殺そうと思った事は一回もない。」
結生は静かに“枢機卿”と呼ばれる男の雄弁に語る様を見る。
「仮にもお粗末だとは思わんかね?公衆の面前で爆殺だと?我々には君を誰の目にも付かない場所で拉致し、監禁し、そして抹消する力があるのだ。そんなずさんな仕事をすると思うかい?」
ファラフナーズが無言のままでゆっくり近づいてくる。
「第二に、“神影”が死んだ人間から引き継がれる事について、言っていなかった件だが…」
彼はゴホンと一回咳払いをした後、続ける。
「それは単に言っていなかっただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。ただそれだけだよ。君が“神影”を身に着けたそのすぐ後で、死にまつわる不吉な話をして、動揺させたくなかったのだ。」
結生は包帯が巻かれた自分の両手を重ね合わせた。
「そして第三に、ルシーア君に君達の事を“目にかけろ”と言った件…」
彼は自身の膝の上で手を組む。
「それは仲良くしてやってくれ、という意味だ。決して監視しろ、と言った意味合いではない。仮にもそうなら、昨日今日“神影”を身に着けたばかりの人物に、そんな任務を任せたりはしないよ。私達にはもっと、経験も深く、適任のエージェントが多数いる。」
「……。」
「…一体誰が、そんな妄言を吹き込んだ?」
灰色の男は言う。
結生は、自分の心の中に築き上げられていた不信の城壁にヒビが入って、やがて崩れ落ちるのを感じた。
そして呟く。
「誰が…?」
しばしの後、彼女は震える声で囁いた。
「オーデンセ教授…!」




