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灰色の枢機卿

アーチ状の廊下を抜けると、そこは別世界だった。

贅を尽くして飾り立てられた装飾。

訪問者が快適に過ごせるよう、最高級の素材で作られた革製のソファー。

そして、香しい料理の芳香。

万年物不足にあえぐこの国ではあり得ないはずの贅沢なオードブルの数々が、大きなテーブルの上に給仕されて並ぶ。

結生はファラフナーズの後ろで目を見張った。

この“学園”はアカデミーとしては特殊な立ち位置にある。

街の代表として、この封鎖都市に訪問してきた政府高官に対してもてなす立場なのだ。


そのような話を噂には聞いていたものの、これほどの贅を極めた造りとは…

結生は嘆息する。

嘆息しつつも、料理の芳醇な香りに鼻が、目が引き寄せられてしまう。


「じゅるじゅるじゅるじゅる…」


「ユキちゃん、ヨダレ出過ぎ。」


ファラフナーズが若干顔を引きつらせて注意する。

結生はスカートのポケットから取り出した薄青色のハンカチで口を拭う。

そして豪華な饕宴を前にして黙ったまま静かに二人を見つめる、一人の灰色のスーツを着た老人の姿を見つけた。


「!」


一瞬で固まる結生。

彼女はその老人の顔を知っていた。

“灰色の枢機卿”

そのあだ名が直ちに頭に浮かぶ。

この共産主義国家のイデオロギーを統括する代表者。

影の実力者とも呼ばれる、高官中の高官だ。

彼の頭上の壁には二枚の写真が飾られている。

一枚は建国の父たる禿頭の男。

もう一枚は現最高指導者たる太い眉毛の男のものだ。

そしてこの“灰色の枢機卿”こそはそれに次ぐ二位。

この社会主義国のNo.2なのだ。

結生は驚愕して黙り込んでいたが、ファラフナーズは慣れた様子で彼に挨拶をする。


「これは親愛なるミハイル・アンドレーヴィチ、会えて光栄ですわ。ご多忙の中ご足労頂き感謝申し上げます。この国の未来の為に身を粉にして働く我が同志…」


軽い身振りで指を差し、“枢機卿”はファラフナーズに告ぐ。


「小さな同志。過多な形式の挨拶は無用だ。座りたまえ。」


結生は彼女と共に、あらかじめ人数分用意されていた椅子に座った。

“灰色の枢機卿”と向き合う形になる。

フカフカの心地いいその椅子に座る瞬間、微かな緊張感を感じた。

あのいつも優雅で能天気なファラフナーズが、その大人びた美顔をほんの少し固くしているのが見えた。


部屋の向こうから、給仕らしき職員が近づいてきて“枢機卿”に尋ねる。


「お飲み物はいかがしましょうか?」


「ああ、白湯を貰えると有り難い。」


簡素に答える。

結生は目前の灰色の男をじっと見つめる。

彼は彼女に目を留め、そして静かに尋ねた。


「さて率直に聞くが、君は誰の(チェーニ)なのかな?」

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