変容
ルシーアは四つん這いのままで、燃える鳥の群れが自身の周りをぐるりと取り囲み、旋回するのを見上げている。
ちろ、と血塗れの口から細長い、二股に分かれた舌が出入りした。
一切の感情を感じさせない、冷たい灰色をした双眸が男と少女を捉える。
ファラフナーズの背後に立つ男、“灰色の枢機卿”は叫んだ。
「どういう事なんだこれは!?」
栗色の髪の少女は男を押し退ける様にして立った。
「神に、“食われて”しまったのね…」
燃え上がる鳥達がルシーアの周りを廻る。
冷たい水を打ったかのように静まりかえる室内。
パチパチと火の粉が爆ぜる音が耳障りに弾ける。
瞬きをしない濁った瞳で、唇を血に染めた少女は二人をじっと睨んでいる。
「…これは対象T-33か?報告によれば彼女はレベルBクラス収容手続きに従い、適切な収容とカウンセリングを受けている筈だ。何故これほどまでに悪化した?」
硬直したかの様にカバンの取っ手を握り締める“灰色の枢機卿”が虚空に向かって尋ねた。
「…彼女は私達と一緒に食事をして、勉強をしていたわ。特別扱いなんてされてない。」
優美に答える少女を軽く見て、“枢機卿”は乾いた唇から呟きを漏らす。
「そういう事か…」
乾燥しきった老人のため息。
耳障りに感じたのか、ルシーアは四足歩行で素早く、後方へ後退する。
ファラフナーズは部屋の隅で様子を伺っているルシーアを指差し叫んだ。
「雷雄!」
部屋の一角が破裂音を響かせて炸裂する。
青色の鱗に全身を覆われたルシーアが、空中に弧を描いて跳んで逃げた。
急速に湧き上がった黒煙に閃光が瞬き雷が一閃、ルシーアの背中に直撃した。
「しゃぁぁぁ!」
漆黒の制服から煙を上げながらもルシーアは俊敏な動きで部屋内を駆け回る。
「同志、発砲の許可をお願いします!」
黒スーツの男のうちの一人が、懐から拳銃を取り出して言う。
「…Да(ダー)。許可する。可能な限り急所を外せ。」
エージェントらが次々と引き金を引き、鉛玉をルシーアに浴びせかける。
半蛇と化した少女は長い銀髪をふり乱し回避して、鋭い鉤爪を見せつつファラフナーズに接近する。
「霊鳥、燃える火よ、我らの命を守護して下さい!」
そう彼女が叫ぶと三羽の火の鳥が素早く飛来し、ルシーアとの間に陣形を作る。
熱波と火の粉を撒き散らす生気ある障壁の向こうで、四つ足の存在が立ち往生してすくむ。
「T-21、確保!」
エージェントの一人の声が響く。
結生のほっそりした身体が、黒スーツの男に抱えられて、安全地帯へと運ばれて行く。
一瞬のうちにファラフナーズは安堵の思いを胸中に満たした。
そして、油断が生まれた。
鳥達が、旋回するスピードをわずかに遅くした。
その一匹を、ルシーアが鋭い鉤爪で切り裂いたのだ。
びくん、とファラフナーズの身体が痙攣する。
右手で左腕を鷲掴みにして抑える。
黒の制服の袖がじわりと濡れ、やがて血が溢れ出す。
「……!」
ファラフナーズは真っすぐに生ける障壁の向こうを睨みつける。
ルシーアの左胸に弾丸が命中した。
すかさず続けて、二発、三発と銃弾が撃ち込まれる。
痛みを感じない、無脊椎動物の様な冷淡な落ち着き。
自身の胸に、腹に、煙を上げる穴が空いていくのを気にかける素振りもない。
再び鉤爪の一撃。
二匹目の霊なる鳥が切り裂かれ、空に消え去り消滅した。
もはや両腕から流血し始めたファラフナーズ。
戦意を失ったかの様だった。
立ったまま後退りし、そして背中が何かにぶつかった。
振り向くとそこに結生がいた。
「逃げちゃ駄目だよ。」
血に塗れたその白い顔。
人ではなく神の顔だと、ファラフナーズは思った。
「大丈夫。ちゃんと見てるから、一緒に闘おう。」
結生は言った。
「“断て”!」




