軍神テュール
「死にたい…消えたい…」
埃っぽい窓ガラスを透して、昇る朝日が灰色の教室を紅蓮の色に染める。
結生は薄汚れた床に突っ伏したままそう、呟く。
ぼとぼとぼと…
地獄の様な輝きを放つ壁に囲まれ、彼女は一人血を流していた。
手のひらも、かつて右耳があった場所も、すぐさま患部を剥いで捨ててしまいたくなる程の激痛を発している。
流血は止まらず、結生は今まで自分の一部だった筈の赤い液体を、悍ましい病変を観察する様な目つきで、眺める。
「死にたい…」
結生は再度、呟く。
痛い。痛い。
ただひたすらに、痛い。
頭の中身がグルグルと掻き回されている。
だくだくと出血を続ける側頭部。
触って確認するのもためらわれた。
おろし金で擦られた様な手のひらは、ほんの僅か指先を折り曲げただけで激痛を発する。
血の色と灰の色しかない教室の中で、結生は気も狂わんばかりの苦痛に身悶えして絶叫した。
彼女の意識が魂の深い場所、永遠の女神の火が燃えている場所へ落下し、生ける世の全てを諦めて逃走を始めようと一歩を踏み出した瞬間。
「死んではならない。」
厳かな声がした。
数多の傷跡を誇る戦士が発する、太い剣の様な声。
軽装の鎧を身に着けた屈強な男が、結生を見下ろして立っていた。
彼はひざまずき、その側頭部を剃り上げた顔を彼女に近づける。
「死んではならない。生きねばならない。」
「神…!」
心の奥底から力が噴出し、こわばった身体がほころんだ。
胸の奥底から熱い感情が押し寄せる。
初めて会う存在に、昔ながらの友達に再開したかの様な気持ちが湧き上がる。
結生は涙と共に訴える。
「私は逃げたい。もう闘えない。身体がボロボロなの。」
男は手首から先の無い右腕を掲げて言う。
「逃げてはならない。」
彼は言った。
「君はどうして闘うのだ?闘いの理由は何だ?君は生き延び、目的を果たす為に生まれてきたのだ。死への欲求に打ち負かされてはならない。生きる為に闘おう。」
軍神テュールは言った。
「大丈夫だ。私が一緒にいる。共に闘おう!」
結生は全身に温かさが広がるのを感じた。
もはやそれ以上の言葉は要らなかった。
彼女は立ち上がり、そして叫んだ。
「死を超え、生を求め、私は闘う!」




