一撃
「離せ!」
漆黒の制服に身を包んだ、騎士の様な少女は叫ぶ。
構わず結生は、見えない風の矛を両手で掴み続ける。
渦巻くつむじ風が棒状に押し固められたかの様な感触。
油断すれば手からスルリとくぐり抜けそうなそれを、彼女は必死に掴み続けた。
しばしの間二人はもみ合う。
予想どおりだと、結生は思った。
この不可視の武器は、先端にしか破壊力が無いのだ。
決死の覚悟で彼女は近接戦に挑む。
細い腕同士が絡み合い、取っ組み合いの形相を呈する。
乱闘とあらば、結生よりも頭一つ分背が高いルシーアが、有利であるかに思えた。
しかし結生は、自動小銃一丁を抱え込んだ一兵卒の如くに、激しく抵抗した。
見えない武器を、互いに引き合いながらの格闘。
結生は隙を見て、ルシーアの腹部に強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
「……っ!」
うめき声を上げ、うつむく騎士の様な少女。
結生は自信を深めたかの様に一層強く、渦巻く空気の矛を掴んだ…
「いつだったか、“甘い”と言わなかったか?」
不吉な灰色の瞳をして、結生を見上げる。
その声は冷徹な監獄の号令を思わせる、不吉で絶対的な調べ。
ゾッとする感覚を、結生は味わって…
ざり…
静かに、その感触は結生の手のひらを焼き、手首を、腕を、肩を貫いて、恐るべき悪寒を彼女の精神にもたらした。
…間を置いて血が点々と絨毯の上にこぼれ、冒涜的な染みを作った。
瞬時に、おろし金の様に表面を変えた“矛”が、結生の両手のひらの皮膚を削いだのだ。
短く鋭い悲鳴を上げて、結生は武器から手を離した。
「“甘い”ぞ!これが3度目だ!」
面を上げた“白のケツァルコアトル”の冷徹な叫びが大部屋に響き渡る。
昇る朝日の様に掲げられ、高く伸ばされたその白い腕。
見えざる神の一撃が空間を切り裂き、時を貫き、小さな少女の身体へと破滅的な唸りを上げて振り下ろされた。
ガツンと言う衝撃。
結生はそれを自身の右肩に感じた。
そして凄まじい風圧と衝撃波の暴力が顔の右半分に降りかかり、グチャグチャにかき混ぜられて、鼓膜が弾ける感覚を伴って、彼女の意識を忘我の彼方まで吹き飛ばす。
無意識の領域に身を横たえる瞬間、結生は切断された自分の右耳が、真新しく出来たばかりの血溜まりに浮かぶのを、はっきりと垣間見た。




