烈風
「僕らが再び会うためには、どれ程の時を歩まなければいけないんだろうね?」
かつて石破望は語った。
「僕らは原子の集合体で、その組み合わせは有限だ。つまり、僕達が死んでも変わりがいる。」
彼は夕日の中でそう言った。
少し離れた場所にファラフナーズがいた。
彼女は二人を気遣う様にして、傍目から彼らを見守っていた。
「何処まで遠くに行けば、僕らの“コピー”に出くわすんだろうね、結生?」
結生は、そのやや鋭角的な顔立ちを緊張させて石破の顔を見やる。
彼が男性としての好意を、自分に寄せる筈が無いことは、結生には分かっていた。
ましてや同性に対してもそれは同様だった。
彼のセクシャリティーは“無性”だった。
男女の区別なく、知的で芯の座った人格を愛する。
彼は知恵を愛する男だった。
石破の為に結生は物語を書いた。
知恵を司る女神が旅をして、途中で自分の心を落としてしまう話。
女神の不安と絶望から、様々な怪物が生まれる。
顔の無い邪神、角度から現れる怪物、黒い山羊に似た何か、逆さまに吊るされた王様。
女神が落とした心は機械の神になり、そして必死になって土を掘った。
そうして彼は原初の神を掘り当てて、成長した神々が怪物共と闘いを始める…
そんな素人感丸出しの創作を、結生は石破に贈ったのだ。
彼は黄ばんだ古い用紙に書き連ねられたその物語を読み終わると、大事そうにカバンにしまった。
「結生、君は賢い人だ。」
眼鏡をかけた顔をほころばせて彼は言った。
「賢い人が僕は好きだ。」
…そう言った石破の言葉を思い出しながら、そして現在勾留され、最悪の判決を受けるかも知れない彼の現在の状況を頭の中で想像しながら、結生はアーチ状の廊下を通り抜けた。
…静寂が場を支配している。
壁のあちこちに継ぎ接ぎに付け加えられた壁紙。
豪奢な大部屋の中、いたる所に火災の跡が残存していた。
火と煙によって蹂躙された世界の只中。
頭上を占めるシャンデリアの煌めきの下、ルシーア・ミゲル・デ・ミニョーラがその葬儀人の様な陰鬱さでテーブルの向こうに立っている。
何処かから吹く微風に、輝く銀髪がなびく。
薄闇の中、病的に白く浮かび上がる顔のせいか、騎士の様な堂々たる佇まいに一筋の暗黒が挿した。
彼女は朗々たる一声を発す。
「待っていれば、いつかは来るはずだと思っていた。」
「……。」
前に進み、椅子を踏み台にして彼女はテーブルの上に平然と上がる。
結生を見下ろし、彼女は威圧的な声を投げつける。
「あの教授の部屋に、最近入り浸っているな。大方、彼から何か良からぬ事を吹き込まれたのだろう。」
「…ルシーアさん、教えて。」
静かに、しかしはっきりとした口調で結生は尋ねる。
「最初に私達を狙ったのって、どうして…?」
時と沈黙が支配する場で、白く息を吐きながらルシーアは答えた。
「かの“灰色の枢機卿”より、直々のお達しがあったのでな、彼らに“目をかけてやれ”と。」
月の光がステンドグラスを通して、大部屋を虹の色で満たした。
結生は左手を握り締め、言う。
「“枢機卿”に話がある。彼が来るまでここにいるわ。」
「ならん!」
凛とした声が空気を弾く様にして響いた。
「同志アサノ。貴様の剣呑な能力はこの身に受けて知った。“危険”を彼に近づけはさせん。」
彼女はテーブルの上で、虹の輝きを帯びながら両手を掲げ、叫んだ。
「クァトロ・ビエントス!」
部屋の四隅から猛烈な風が吹き付け、彼女を中心に渦巻く…




