群れ
「!?」
結生達は木立の上を飛び交う黒い群れを見上げる。
「二人とも、私の手を取って…」
そう言い出しかけたスリプナーの額に、飛び込んで来た一匹のカラスが激突する。
「!」
バサバサ、と漆黒の羽を撒き散らして鳥は舞い上がり、再び結生達を襲う。
「《断て》!」
額から血を流し、うずくまるスリプナーに覆い被さる様にしゃがみ、結生は叫んだ。
夜闇の色をした羽を撒き散らしながら、次々に来襲するくちばしと鉤爪。
結生はその右手に、青く輝くエネルギーの紐を掴み、鞭の如くに叩き付けた。
甲高く鳴く真っ黒な大群は巨大な塊になり旋回すると、再び一隊となって飛来する。
「《断て》!」
青の力線が煌めき、つんざく軍団を再度打ち据える。
一撃をかいくぐった数匹がギャアギャアと、耳障りな鳴き声を上げて結生達の顔を、首をつつき、眼を狙って鉤爪で引っ掻いた。
「ちくしょう、ちくしょう…!」
マリーアは長い袖で空中をはたき、かろうじて自分の身を守っている。
「こういう場面じゃアタシ何も出来ねぇ…」
「…何なのこれ…」
“神影”を発動させつつも、結生は空に問いかける。
彼女の足元で、スリプナーが低いうめき声を上げた。
「……!」
何がどうあれ、生き延びねばならない。
私達全員が無事で…
焼き切れる様な熱い生存本能と、鋭く重い闘争心が剥き出しになる。
負けてはならない。
生きなければ。
流れ込む神の意識が、彼女の認識を、心を、意識を塗りつぶして行く…
「断ち切れ!」
鞭の様にしなる力線が、弧を描いて空間を斬り払い、十数匹のカラスが、工場機械に巻き込まれたかの様に切断された。
「……!」
その目で結生は敵の一匹一匹の、敵意と悪意ある姿を睨みつける。
「ユキ、上!」
流血する頭を手で押さえながらスリプナーが叫ぶ。
「…!」
空を見上げた結生は絶句した。
青い空を、埋め尽くさんばかりの黒い大群…
見たことがない程の大量のカラスが大空を飛び交い、旋回していた。
「クソ…」
結生は呻く。
「流石にマズいんじゃないか…?」
マリーアが震える声で呟いた。
結生は覚悟を決め、既に渦を巻き降下を始める気配を見せた大群を見つめた。
そして…
「大螺旋!」
舞台女優の様な、通りの良い声が響いた。
結生達はほんの少し高い岩の上に立つ、ルシーアの白い顔を仰ぎ見た。
風が、砂埃を舞い上げ螺旋を描き昇っていく。
多くのカラスが、飛行中の制御を失い、墜落し、または川に落ちてそのまま沈んだ。
「巻かれろ!」
木々が、根こそぎ抜けて吹き飛んで行くのではないかと思われる程の烈風。
竜巻がカラスの群れを叩き、追い払って行った。
吹き飛ばされないよう、結生達は地に伏せ、顔を覆った。
「……!」
一瞬の後、暴れ狂う乱流が止んだ。
ルシーアは荒い呼吸をしたまま、岩から降りた。
川辺りの一面にカラスの死骸や、まだ息のある個体群が落ちて散乱する。
カラスの墓場の様な惨劇の舞台。
…だが再び10匹程度が息を吹き返し、結生達の周りを五月蝿く旋回し始めた…
「なんだぁ、こりゃぁ」
「ヒッチコックの『鳥』みてぇだぞ!」
ガヤガヤとガラの悪そうな声が聞こえて来た。
ベレー帽に安物のスラックスを身に着けた数人の若い男達。
不良が何人かで徒党を組んで近づいて来た。
「追っ払っちまえ!」
脱いだベレー帽やジャンパーで、残りの残党をはたき、追い払う。
ぎゃあぎゃあと耳障りな奇声を響かせながらカラスの群れは退散した。
ルシーアが近づいて来て、周りを警戒しつつ、言う。
「兄様と一緒に追いかけて来て正解だった。尋常ではないカラスの大群が見えて、駆けつけたらこれだ。」
結生が助けてくれたお礼を言おうとした瞬間。
「畜生め!」
ホセの怒号が聞こえた。
道の方へと目を凝らすと、彼と、彼の商売道具である屋台が見えた。
…黒い羽毛や白い糞にまみれ、悲惨な状況だった。
彼は再び雄叫びを上げる。
「俺の店が!!」




