疑惑
三人になった一行は巨大な卵の中の様な、灰色の玄関ホールを抜けた。
「何処行こっか?」
努めて明るい声でスリプナーが言う。
その大人らしい控えめな配慮が、今の結生の心情に染みた。
マリーアは言った。
「どこって、兄やんの店が使えないとすると…もう絶望的やんか。」
この封鎖都市に、飲食店を始めとした娯楽施設は少ない。
元より国家の為の仕事に奉仕する目的で造られた街だ。
商店、病院、図書館。
必要最低限の施設しかない。
…最も、その国家の為の仕事が何なのかは住民自体、全く分かっていないのだが…
週末になると路上のそこかしこに暇を持て余した“彼ら”が現れる。
ピッタリと踵を地に着けてしゃがみ、昼間からウォッカを飲みつつ、ひまわりの種をしゃぶって殻をそこかしこに吹き散らかす。
そんな不良共を、結生は心底嫌っていた。
学園の高いアーチ状の門をくぐった時、結生は彼らと出くわす事のないよう、心の底から願った。
「川でも観に行きましょうか?」
結生の心を見透かしたかの様に、スリプナーは言った。
こくん、と彼女は頷く。
「ねー、美味しーやつはぁ?」
マリーアが黒い制服の袖を高々と掲げて抗議する。
動きに反応したのか、近くの街路樹でかなり大きなカラスがギャアと、甲高い声で鳴いた。
…都市を流れる唯一の川。
ドニエプル川から枝分かれして冬には凍りつく、黒ぐろとした渦を巻く冷たい流れ。
その様な陰鬱さと打って変わって、川べりの散歩道は陽気に満ち溢れていた。
冬の到来を予期させる寒風に負けじと緑の草木が、ポカポカした明るい日差しを受けて銀色に輝いている。
そのキラキラ光を反射する葉の一枚一枚を見て、結生は存在の儚さを連想して泣いた。
「………。」
後ろからスリプナーが肩に手を置く。
無言で包みから取り出した物を差し出す。
「?」
結生はそれを受け取る。
なんの変哲もないパンの一切れ。
スリプナーはそれを一つまみ千切って、川に投げ入れる。
名前も知らない銀色の魚が、黒い水面から顔を出して口をパクパクさせた。
「………。」
「助けられるわ。命はそんなに、弱くない。必ず、戻って来る。」
結生は無言のままでスリプナーの方を向く。
「どうやって…?」
「……。」
スリプナーは黙って川辺りを歩いていく。
追いすがる結生達に彼女は小声で告げる。
「…証拠に捏造があるの。」
マリーアと結生は立ち止まり、世界の時が止まったかのように立ち尽くした。
「私の権限で、調べられるだけ調べ尽くした結果です。石破君には現在、自室で違法火薬を保管していた容疑が掛けられている。でも、その証拠自体が恐らくでっち上げ。本来は入手ルートや経緯を調べなければならないのに、そんな捜査が行われた形跡が皆無だった。」
「そんな…」
結生は絶句する。
彼女は元より、国を信頼していた。
確かに、国家として様々な問題は抱えている。
しかし、未だ学生の身分に過ぎない結生を拾い、生活の面倒を見てくれている。
いわば“親”と言っても過言ではない。
実の親と過ごした年数の方が長いのは事実だが、彼女はただならぬ愛着をこの国や、そのシステムに抱いていたのだ。
微かな怒りの様な感情が芽生えて、結生はスリプナーに近づいて言う。
「…本当なんですか…?」
その時ギャアと甲高い声を上げて、カラスの群れが頭上を覆い尽くした。
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