異邦人
歩きながら二人は、他愛もない話をした。
勉強の事、読書の事、恋愛の事。
表面上、結生はつっけんどんな態度をとっているが、本当はファラフナーズの事が好きだった。
国籍や、立場や、趣味が違っても、二人は息が合う。
しかし互いの国や、家族の事柄に関してはあまり話さない。
この“39番”都市の唯一の学園、単に学園とだけ呼ばれるこの場所には、触れがたい過去を持つ者が少なくないのだ。
他ならぬ結生もその中の一人だ。
半場実の家族に捨てられる様にして、この国の政府直属機関に拾われた。
“君には特別な資質がある”
そう、黒いスーツを着た男たちに言われ連れてこられた。
あの日は小学校を卒業した翌日。
父と母が中学校の費用の事で揉め、大喧嘩をした次の日の事だった。
黒スーツを着た数人の外国人が家へやって来て、父母と話した。
その日のうちに、結生がこの国に移住することが決まった。
この閉鎖都市、“39番”の学園へと。
結生はふと窓ガラスに写った自分の顔を見る。
やや鋭角的な顔立ち。
グッと睨みつければ不良少女に見えなくもない。
そして考える。
自分には何か…隠された能力があるのだろうか?
いや、多分ないだろう。
この学園において、彼女はひたすら平凡だった。
数年で流暢なロシア語を話せるようになったのは自慢だったが、実際のところ並以上の勉学については、只ひたすらに平凡。
運動神経においても中の上程度。
つまらない奴だ。
自分でそう思った。
ぐぅぅ
腹の虫がいななき、それを聞いたファラフナーズは笑った。
「何よ。」
細い腕から放たれる肩パンチ。
ファラフナーズは軽くいなして、その白い手をグッと掴んだ。
思い切り引き寄せて顔を近づけ囁く。
「石破君とはどうなの?」
彫りの深い顔に、知性を感じさせる碧い瞳。
同性ながら、美人だと思った。
「どうって、何が?」
率直に、前を向いて結生は答える。
石破望はこの学園において、結生の他に在籍している唯一の日本人だ。
同じ年齢そして同じ日本人という事で馴染みも深く、友人関係にある事は誰の目にも明らかだった。
それ以上の事は誰も知らない。
「…お腹空いたわね。」
冷たい声で結生は言う。
ファラフナーズは彼女の手を離し、カラカラと小気味のいい声で笑う。
「あそこよ。」
金のブレスレットが巻かれた腕の先が指し示す。
重厚な深い色合いの両開きの扉。
この学園の来賓室の入り口だった。




