反撃
「渦巻け!」
三人が席を立つと同時に、騎士の如き少女は叫ぶ。
突如として激しい旋風が吹き荒れ、狭い店内を回り廻った。
ファラフナーズの起こした業火が、頬を裂く冷たい疾風に引き込まれて行く。
「……!」
結生は見た。
他ならぬファラフナーズの動揺と狼狽の表情を。
…敵との相性が悪いのは彼女の目にも明らかだった。
結生は烈風に押されながら、大声でファラフナーズに叫ぶ。
「加勢するわ!」
「ユキちゃん、手を出しちゃ駄目!」
彼女の静止も厭わず、結生は一歩を踏み出した。
「“断て”!」
「……。」
ルシーアは冷静そうにその灰色の双眸を結生に向ける。
…自身の周りに、青く輝くエネルギーの力線が展開されて行く中、一切の動揺を示さない。
結生はエネルギーの紐に意識を集中する。
締め上げろ、捕縛せよ。
危険を縛れ。
両手を前へ突き出した。
心の中で決死の闘争本能が爆発する。
青い力戦がまるで網のように重なり、ルシーアの身体に絡みつき、締め上げんと巻き上げていく…
「甘い!」
完全に締め上げられる直前、ルシーアは発した。
一陣の風が鋭く吹き上がる。
バツン!
と弾かれた様な音がして、力戦が切断される。
パラパラと、エネルギーの小片が溢れ落ちて、青い輝きが消えて行く。
「!」
一瞬生じた隙をファラフナーズは逃さなかった。
一歩進み出て、ルシーアを指差し叫ぶ。
「爆ぜよ!」
爆発的な火炎が、彼女の周りを包む。
しかし、まるで空気のドームが包み込んでいるかのように、ルシーアは無傷だった。
「くっ…」
ファラフナーズは歯噛みする。
相性が悪すぎる。
そう考えた瞬間…
凄まじい悲鳴が、結生の喉の奥から響き渡った。
「…!」
結生がゆっくり振り返るのをファラフナーズは見た。
そして目撃したままの体勢で絶句する。
下唇から顎、白い喉、そして恐らくは胸にまで渡って深い切り傷が刻まれていた。
縦に裂かれた傷から、血が赤々と流れ出している。
そして熱病にかかったかの様に小刻みに震え、立ち尽くしていた。
「ユキちゃん…!」
ファラフナーズは叫び、友のそばに駆け寄る。
これは反動だ。
自身のチカラを跳ね返されたりした時に起きる、自身の肉体に降りかかるフィードバック。
“神影”を使い慣れない者に、よく発生するのだ。
「マリーア、ユキちゃんをお願い…」
掠れた声で彼女は言う。
マリーアが無言のままで、震える結生の身体を支え、安全地帯であるテーブルの下へと誘う。
「さて、どうする。悪狼の如き人民の敵共よ。自らの過ちを素直に認め、降参するか?」
仰々しい口調で問いかけるルシーア。
努めて落ち着いた口調で、ファラフナーズは答える。
「私を、怒らせたわね。」
「……。」
灰そのものの色をした瞳で、ルシーアは目前を見据える。
「怒りは、熱く輝く火ではないわ。冷たく光る、毒のある牙よ。」
紅蓮の火が渦を巻き、昇る龍を思わせる形状へと変貌を遂げる。




