烈火
「石破君…」
他に客のいない、ほぼ貸切状態の店内で結生は呟く。
マリーアは持て余し気味の長い袖口をぽて、と彼女の頭に置く。
「考えすぎるときはさ、こーやって頭の上に何か置くといーよ。」
マリーアは言う。
「“皮”で覆うようにしてさ。優しく包んであげるの。そうすれば落ち着くから。」
「…………。」
結生は泣き腫らした目から、再び涙を流す。
マリーアがテーブル越しに、身を乗り出して彼女の両頬を挟んだ。
ファラフナーズは二人に言う。
「真っ黒な炭からも、真っ白な木からも、火は燃えて盛るわ。注意する事ね。悲しみもいつか、突然焼き尽くす怒りに変わって、貴方達自身を葬るかもしれないから。」
彼女は優雅に微笑みながら語る。
「…私、石破君を助けたい…。」
マリーアを、半ば振りほどく様にしつつ結生は言った。
「私達の“チカラ”があれば出来る筈…。」
ファラフナーズはコーヒーカップに口をつけ、一瞬思案した後深く息を吸った。
「…私達“だけ”のチカラでは無理ね。他の神影にも協力を仰ぐ必要がある。それと、当局側の人間を数人抱き込まなきゃ駄目。」
「すんげーなぁおい。まるでスパイ映画だ。」
マリーアが袖をパタパタさせて反応する。
結生は真っ直ぐにファラフナーズを見つめて言った。
「出来るの…?」
「出来るわ。後は貴方が決断するだけよ。」
「言ったな…。」
背後から声がした。
結生とファラフナーズは振り向く。
「おっ姉様やんか!」
マリーアは声を上げた。
三人の視線の先に、店内の柱の影から姿を現した、一人の少女がいた。
その肌は三日月の如く、漆黒の制服の上で明るく浮き上がる。
長い髪は夜空に舞うフクロウの様に銀色。
そして灰の色をした瞳が見開かれ、猛然と彼女らを睨みつけていた。
「…国家反逆、共謀罪だ…。」
「姉さん…。」
「マリーア。お前もこいつらと仲間なら容赦はしない。」
獲物を狙う鷹か、あるいは狙撃手か。
壮絶な目つきで、姉ルシーア・ミゲル・デ・ミニョーラは言う。
「…大方、件の事件もお前等が関わっていたに違いない…。」
純白の娘は手に掲げた、黒い録音機を三人に見せつける。
「…証拠は貰った。一緒についてきて貰うぞ…ファラフナーズ・タパヤンティー。以前よりお前を怪しいと思っていた。私は国家に奉仕する影だ。抵抗するなら手足を折ってでも連行する。」
ファラフナーズは見つめられたその生白い視線を軽くいなし、言った。
「連行してご覧なさい。その手で掴めるかしら?幾千の太陽の輝きを。火は、痕跡を残していくわ。凄まじい破壊の跡を残していくの。火が食事をするのを妨害した事を生涯後悔するのね。因みに私の好きな焼き加減は“ウェルダン”よ。貴方は耐えられるかしら、火の“痛み”に?」
業火が店内を埋め尽くす。
ファラフナーズが指を鳴らしたその瞬間、彼女から熱波が波紋の様に広がり、チカラの波が同心円状に広がった。
室内のあらゆるモノが点火され、炎上する。
燃え盛る只中で騎士の様な、結生達よりも頭一つ分背の高い少女は、臆することもなく叫んだ。
「お前らを葬ってやる。“白のケツァルコアトル”、ルシーア・ミゲル・デ・ミニョーラ、ボイ・ア・ルチャール(参る)!」
一陣の旋風が巻き起こり、地獄の業火を叩き返していく…




