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進展

「動かないで下さい!動かないで!」


教諭がそう叫びつつ、慌てふためいた様子で食堂に飛び込んでくる。

そして目の前の惨状を目撃して、ほんの少し黙り込んだ後、再び叫んだ。


「安全が確保されるまで、動かないで下さい!」


…少しして、医師、警察官、調査官、そして明らかに、それらと違う雰囲気を放つ“エージェント”らしき黒服の男達が入って来る。

その中に見知った顔を発見して、結生は声をかけた。


「スリプナーさん、お疲れ様です。」


…彼女の顔を見るや、驚いたような表情を浮かべた。

ゆっくりと結生に近づいて、何かに納得したかの様に頷く。


「…無事だったのね。良かった。いや、良くないか…」


深いため息をついて、腕を組む。


「爆弾テロか…」


細い顔が憂いを帯びて沈む。

結生は、顔を青ざめさせながらスリプナーに言う。


「あそこ、私が普段座る席ですよ…」


惨劇の跡が生々しく残る先を指差す。

同心円状にテーブルと椅子が吹き飛び、破砕された中心。

赤々と広がる血溜まり。

埃っぽい蛍光灯の明かりを受けてヌラヌラと、粘液質におぞましく光を反射する。

それは端から乾いてひび割れ、風化するかの様に飛散を始めていた。


…普段通りに食事をしていたらと思うと、結生は肝が冷える思いだった。

今日に限って、ファラフナーズと一緒に座る椅子がなかった為、場所を変えたのだった。


「……。」


「あっ!」


唐突に短い叫びを上げる結生。


「どうしたの?」


「石破君は!?」


そう叫ぶ結生。


「ここにいるよ。」


タオルで髪をゴシゴシ拭きながら現れた、眼鏡をかけた小柄な少年、石破望。

結生にとっては貴重な、日本人の友人だ。


「至近距離で“浴びちゃった”よ。流石に許可を貰って洗いに行ってた。」


「…うぅ。」


結生は思わずうめき声をあげる。

赤く、赤く染まりきった跡を横目で見つつ、アレに自分がなったかもしれない可能性について思案し、慄き震えた。


…再び教諭の叫ぶ声が響く。


「皆さん、大丈夫です!自室に戻って、鍵をかけて下さい。本日の授業は全て中止、中止です!」


「…ユキちゃん、行きましょうか?」


いつの間にかファラフナーズが背後に立っていた。


「…タパ。あんた平気、アタマ…」


「大丈夫よ。貴方よりは、ね。」


微笑んだ後、栗色の髪の毛を翻して歩いていく。


「…行こうか。」


「身の回り、気を付けるのよ。不審な物があったら触らないで、通報して頂戴。」


別れ際にスリプナーは言った。


結生と石破は連れ立って、ざわめきとすすり泣く声が反響する廊下を歩んでいく。


「……。」

「……。」

「……。」


言葉も無く三人は歩く。

やがて、沈黙を破るように結生は言った。


「あれ、どうだった?十五夜の…」


先日石破に送ったプレゼントの事を話す。


「ああ、あれね。」


石破は大きく頷き、答える。


「あれ、中々可愛いね。十五夜のウサギ。中がマトリョーシカになってて、真ん中に月が入ってる。」


「そう。」


「結生ならお団子と間違って食べちゃうね?」


「何それ。」


日本語で交わされるつかの間の会話。

惨劇の後の、これまでの日常を無理やりにでも取り戻そうとしている様な、二人のやり取り。

そんな二人を、ファラフナーズが時折振り返って微笑む。


「…じゃ。また明日。授業あるか、分からないけど。」


男子寮の入口に着くと、結生は軽く別れの挨拶を交わす。

石破は頷くと振り返り、ドアの向こうに消えた。


彼が違法火薬所持、爆発物製造、そして殺人の罪で逮捕されたのはその翌日だった。

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