破裂
灰色の、巨大な食堂ホール。
紅い旗が掲げられた、非人間的に高くそびえる壁。
不必要に広いその場所で、まばらに散らばり生徒らは昼食を摂っていた。
「もぐもぐもぐもぐ…」
浅野結生は輪切りにされた大きめのソーセージが浮く野菜スープを、ずっしりした黒いパンを浸しつつひたすら貪っていた。
今日は週一度の“医者のソーセージ”が出る日だった。
学園の食堂の中で、結生は食事に没頭した。
そしてチラッと横を見て話しかける。
「タパ。食べないなら貰うわよ。」
返事も待たず、隣に座るファラフナーズの器にフォークを伸ばす。
何故かソーセージだけが取り残され、スープ皿の中で打ち上げられたかの様に残されていた。
「あんた、肉好きなんじゃなかったっけ?」
最近になってようやく、一緒に食事を摂るようになった友人に尋ねる。
「豚は嫌い。貧民のモノだもの。」
微笑んで答える。
上流階級特有の思い切りが良すぎる発言に、思わず結生はむせ込む。
「…そう言う事言わない。」
胸を叩きながら結生は友人に釘を刺す。
「今よりももっと目を付けられるわよ。」
この社会主義イデオロギーの国の中の、外部より更に先鋭化されたカリキュラムを誇るこの学園。
彼女の存在は浮いていた。
西側の高価な輸入品を身に着け、あらゆる特権を行使し、特別室で食事を摂る。
彼女はまるで女王だった。
「良いわね。」
尚も上品に笑いながら彼女は話す。
「火は見つめられている時、静かで賢いわ。」
そう言うと空になった自分の配膳を取り、立ち上がった。
「……。」
歩き去る彼女の、長い栗色の髪を見送り、結生は再び自身の皿に目を落とす。
「美味しいんだけどなぁ。」
増量したソーセージの一本にフォークを刺し、口に運ぶ。
耳をつんざくような轟音。
爆風がテーブルの上のパンやスープ、食器類をあらかた吹き飛ばす。
「?」
結生は状況が飲み込めぬまま、ソーセージを一口かじる。
ドサッ
切断された手首が、目の前に落下する。
続いてパラパラと小雨のように、細やかな肉の欠片と血が、ほんの一瞬の間だけ降り注いだ。
…数多の絶叫が、正午の食堂ホールの散漫とした空気を震わせる。
結生はやっと咀嚼していたソーセージを飲み下すと、立ち上がって叫んだ。
「タパ!」
…気がつくと、結生は、目を瞑って固くなった親友の傍らで泣き尽くしていた。
彼女の身体には傷一つ無かったが、物言わぬ塊となって倒れていた。
周りがどよめき、沢山の人が出入りする。
彼女はファラフナーズの傍らに侍り、泣き続けた。
嘆き、悲しみ続ける彼女に、差し出される一つの手があった。
「……?」
目を上げる。
化学担当の、フェルデナント・フォン・オーデンセ教授の顔があった。
彼は左目を眼帯で覆う顔を結生に見せ、そして言った。
「見せなさい。」
無骨な節くれだった手を伸ばして、ファラフナーズの後頭部に触れ、次に額に触れる。
続けて手首を握りその後、一掴みの布を、その頭の下に挿し入れた。
彼は言った。
「恐らくショックで気を失っているだけだ。直に目を覚ます。」
長い銀髪、そして上品に整えられた髭。
その年齢不詳気味な物憂げな顔が、
より深い懸念の表情を持って指し示す先には…
暴風雨が通り過ぎたかの様な死体があった。
表面が、まるで波打つ様に、ギザギザになって損壊していた。
遺体は顔の表面がグチャグチャになって、鼻も、唇も、そして眼球も無くなって、そして一部分が残った耳たぶが、かつてのヒトだった証を、そこに証明していた。
結生はえずく。
オーデンセ教授は立ち去った。
しばらく結生はファラフナーズの、血の気の失せた顔を見つめる。
ほんの数分経過したのみだが、彼女には永遠に感じられた。
そして…
「うう…。」
苦しげにうめいて、ファラフナーズが意識を取り戻す。
「…!」
彼女の手を握り、結生はささやく。
「…大丈夫?ちゃんと見てるよ。」
微かな表情の微細を、結生は見つめながら話しかける。
「味気ないわね…余りにも…」
「?」
薄っすらと目を見開いたファラフナーズが呟く様にして言う。
「最後の晩餐が…あんな貧民の食事だなんて…味気なさすぎるわ…」
「……。」
様子を見に行こうと、結生は立ち上がった。




