灰色の世界
「居場所は分かるのかね?」
“枢機卿”は結生に問いかける。
そう聞かれて、医務室の出入り口上の壁掛け時計を見て答える。
「私、結構長く気絶してたんですね。もう明け方…タパの事だからこの時間帯は…」
「見当があるんだね?」
“枢機卿”の言葉に頷く結生。
部屋の奥からスリプナーが進み出て、二人に話しかける。
「確かに、急いだ方が良さそう。今の彼女、精神的に不安定になっている可能性もあるし…」
そう、スリプナーが言うが早いか、結生は医務室を飛び出して駆け出した。
「……。」
「……。」
スリプナーと“灰色の枢機卿”は目を見合わせ、そして早足で彼女の追跡を開始した。
「…タパ…。」
結生は呟く。
心に渦巻く激しい衝撃と恐怖と不安の念。
早朝の薄明かりに、ぼんやりと浮かぶ学園の廊下。
彼女は走った。
二人がよく知る、あの場所。
南東に面した、朝の日の出を真っ先に見ることが出来る学園の校舎の角部屋。
長年鍵が壊れていて修理も交換もされず、常に開け放しのその部屋は、結生とファラフナーズだけが知る秘密の部屋だった。
「……。」
部屋にたどり着いた。
灰色のドアを開け、中に入る。
ファラフナーズ・タパヤンティーが一人、こちらを向いて佇んでいた。
昇る朝日の光を受けて、薄い栗色の髪が金色に染まって見える。
そして思慮深く、碧の瞳を漆黒の陰の色に染めながら、彼女はこう話す。
「私は沢山の“ニンゲン”を焼いた。」
「……。」
背後から音がする。
二人が近づいてきて部屋の中へと合流した。
ファラフナーズは限りなく無に近い顔で、続ける。
「焼いた、燃やした、そして殺した。この国の“敵”を。それだけじゃない。“敵”側に寝返った裏切り者たちも、かつて仲間だった者たち…」
「……。」
「人の形をしたナニカ。ニンゲンの様なモノ。そう思い込む事にした。そうして、ニンゲンみたいなモノを焼くたびに、心の痛みは軽くなっていった…」
「……。」
結生は黙って彼女の言葉の一つ一つを、拾い上げる様に聞いている。
「貴方に知って欲しかった。殺し、殺される事の苦悶を、その恐ろしさを。他ならぬ私の“神”の力で…」
「そして“こちら側”に来るつもりなら忘れないで。火を見つめ続けるの。火はね、寂しがり屋なの。」
最後の一息で、消えゆくような声を発した。
「私を“見捨てないで”。」
静かに、ゆっくりと結生は彼女に近づき、ファラフナーズの身体を抱きしめた。
「……。」
「ようこそ。」
“枢機卿”の声が、後ろから聞こえた。
「ようこそ。ここは光でも闇でもない場所。この灰色の世界へ。ようこそ。」




