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閉鎖都市“番号39”

この国の短い夏が終わった。

郷愁を感じさせる間も無く、慌ただしく片付けられていく、心温まる陽だまりの余韻。

乾いた、そして寂しげな、老人の吐息を思わせる旋風が針葉樹の森を吹き抜けて行く。

冷たい空気が、このタイガの森の只中に孤立する封鎖された都市“番号39”の重苦しい息遣いを、より一層際立てる。

超然とした限りなくモノトーンの、灰色の都市に慄然と佇む一つの学園があった。

その中の、暗くて長い廊下を歩いていく一人の影。

黒を基調とした、退廃的とすら見える制服。

少女、浅野結生(あさのゆき)はまばらに設置された蛍光灯の明かりを頼りに、薄暗闇が光を分割する廊下を一人で歩いていた。


重々しい鐘の音が聞こえる。

尖塔の頂からの、時代がかった虚しい響き。

克明なる刻を刻む音が、一日の終わりを告げる。

結生は歩みを早める。

夕暮れ時はいつもそうだった。

餌を探すアリのように、あるいは猫に見つめられたネズミのように、居ても立ってもいられなくなるのだ。

彼女の心は取り急ぎ、速やかに食事をとる事を欲した。


鳴り響く腹の虫を諌めるが如く結生は窓の外の、学食が提供される大きな建屋の外壁を見た。

夕食が始まる時間にはまだ早かったが、早まる歩みは止めることは出来ず次第に駆け足気味になりそして…


「ユキちゃぁん!」


後ろから、甲高い美声が響いた。

コツコツ、と軽快なブーツの音が廊下に当たって近づいてくる。

そのブーツはこの学園指定の靴ではなくこの国の敵、すなわち“西”から輸入されたものだ。

海外製の高級品を身に着けられる人間は、少なくとも結生の身の回りでは数人数えるのみだった。

遠いインドから来た学生ファラフナーズ・タパヤンティーはその艷やかな顔を、振り向いた結生に向けて笑顔で言った。


「一緒に御飯食べましょうよ。」


ため息をつきつつ、結生は答える。


「タパ。あなたねぇ、馴れ馴れしく話しかけんなって、いっつも言ってんでしょうが。ただでさえあなた目をつけられてるんだから。あんまり“敵”の物身に付けないほうが良いわよ。」


愛称で呼びつつも、結生の表情はぶっきらぼうだった。

ファラフナーズのそのブーツと、黒い制服のスカートに括り付けられた、華を模したコサージュを指差しながら言う。


「そう言うの、凄く目立つのよ。」


彼女の家は富豪だった。

この社会主義を謳う大国にとってそれは目の敵の筈。

しかし彼女はどういうわけかここに居座り、そして学んでいる。

なにか複雑な事情が絡んでいるらしかった。

その事が関係しているのか、彼女は一生徒でありながら様々な“特権”を持っていた。

その存在は、平等を謳う社会主義国家において平等は存在し得ないのだと言う事実を深く知らしめていた。

結生はショートカットに揃えられた自身の黒い髪をかきあげて軽くにらむ。

応じるように、

ファラフナーズは優雅に長く延した薄い栗色の髪を指でときながら答える。


「つれないわねぇ、同じクラスなのに。せっかく今日はユキちゃんの16歳の誕生日なんだし、祝ってあげたいなぁと思っていた所なんだけど…」


「結構。」


きびすを返して結生は立ち去ろうとする。

その小さい背中に、ファラフナーズは問いかける。


「私しか使えない特別室でのご馳走でも、と思ったのだけど…」


歩を止めて結生は自身の腹をさすり、くすぐったそうに歯噛みして、振り返ってこう告げる。


「行きましょう。」

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