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バーシリーズ

大木

作者: 通りすがり

カウンター席しかないバーでオカルトが好きな常連客の3人が、ビッグフットの存在有無について話をしていたが、議論が尽きたのか、みな次第に口数が少なくなってきた。

そんな時、常連客の一人、40代くらいで身なりの良いスーツ姿、皆から”先生”と呼ばれる男が、一枚の写真を取り出し皆の前に置いた。



そこには、空に向かって枝葉を伸ばす、一本の異様な大木が写っていた。ただの木ではない。片側二車線の、アスファルトで舗装された道路の、そのど真ん中に鎮座しているのだ。当然、道路は巨木を避けるように大きくカーブし、不自然にうねっていた。まるで、アスファルトの蛇が巨木を避けているかのように。

「なにこれ、どうしてこうなっているの」

常連客の一人、派手なオレンジの服を着けた年齢不詳で皆から"ミセス"と呼ばれる女が、驚きの声をあげた。彼女の触れた指先が、写真の端を震わせる。

「地元に昔から住む近隣住民は皆、この大木を恐れていて近づこうとしません」

先生は淡々とした口調で続けた。

「この大木、どういった由来があるのかは不明ですが、なんでも、この木を伐採しようとした作業員が、次々と原因不明の事故に見舞われたそうです。だから、伐採を諦めて、このような道となった」

「それって…、撤去しようとすると祟られる、ってやつでしょ」

常連の中で一番若い、皆から"坊ちゃん"と呼ばれる男が不安そうな表情を浮かべながら訊いた。彼の怯えた声が、店の静けさに響く。

「ええ、そうです。同じようなものは他にもありますね。有名なところでは、平将門の首塚や、羽田空港の鳥居です」

「平将門の首塚は知っているけど、羽田空港の鳥居ってなに」

ミセスが不思議そうに首を傾げる。

「今は撤去されましたが、かつて滑走路の拡張工事の際、邪魔な鳥居を動かそうとすると、関係者に不運が続いたそうです。結局、誰も手をつけられなくなり、しばらくの間、滑走路の端に鳥居だけが残されていたんです」

先生の話を聞きながら、皆の視線が再び写真に釘付けになる。大木の奥に広がる、突き抜けるような青空。鬱蒼とした大木の緑との対比が美しく、それが何故かまた心をざわつかせる。

「…実は、今はこの木、もうありません」

先生はそう言って、別の写真を取り出した。

「えっ、伐採できたんですか」

坊ちゃんが驚きで目を丸くする。

「まさか、呪いを解いたとか」

ミセスも同様に息をのんだ。写真に写っていたのは、切り株だけが残されたアスファルトの道路だった。あれほど不気味に枝を広げていた巨木は、跡形もなく消え失せている。

「いえ、誰にも呪いを解くことはできませんでした」

先生は静かに首を横に振った。

「じゃあ、一体どうやって…」

誰もが息をひそめた。その時、窓の外で不意に風が吹き荒れ、木の葉が窓ガラスを叩く音がした。

「ある夜のこと、この一帯を激しい雷雨が襲いました。そして明け方に、一際大きな雷鳴が轟いた瞬間、まるで爆弾でも落ちたかのように、あの大木が吹き飛んだそうです」

先生の声が、低く響く。

「後には、幹の中心から真っ二つに裂けた、無残な大木の残骸だけが辺りに残されていました」

先生はそう言って、再び最初の写真を取り出し、二枚を並べて見せた。一枚は生きているかのような大木。もう一枚は、ただの切り株。

「呪いの力も、自然の大きな力には敵わなかった…ということでしょうか」

ミセスがそうつぶやいた。

「でも、この切り株は撤去されずにそのままなの」

坊ちゃんが先生にそう尋ねた。しかし、その言葉に先生は答えず、ただじっと写真を見つめている。

その視線の先には、切り株の写真がある。よく見ると、その写真の切り株の真ん中から、新たな芽がわずかに顔を出しているように見える。

「こうなってもまだ、誰もが祟りを恐れて手が出せないようです」

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