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第4話:噂と未知への羅針盤

ゴブリンの洞窟から意気揚々と帰還したカナデたちは、始まりの街アークライトの活気の中に溶け込んでいった。ダンジョンクリアによって得られた経験値で、三人のレベルは揃って5に上がっていた。


「くぅーっ、やっぱり冒険の後の街は最高ね!」


メイプルは大きく伸びをしながら、満足げな声を上げる。その手には、戦利品であるゴブリンリーダーの棍棒を売って得た、ずっしりとした金貨袋が握られていた。


「まずは装備の新調と、ポーションの補充。それから美味い飯だな」

「賛成! 奢ってあげてもいいわよ、今日の私は機嫌がいいからね!」

「……では、遠慮なく」


軽口を叩き合うメイプルとケン。そのやり取りを、カナデは少し離れた場所から微笑ましく眺めていた。つい数時間前まで、自分はこの光景の外側にいた人間だ。それが今や、パーティの一員として当たり前のように隣にいる。不思議な感覚だった。


「カナデも行くわよ! ぼーっとしてると置いてくからね!」

「はい、今行きます」


三人はまず、鍛冶屋へと向かった。メイプルは手に入れた資金で、自分の鎧と盾をさらに強固なものに新調し、ケンは杖に魔力を増幅させる小さな宝石を埋め込んでもらった。


「カナデはどうする? 何か欲しいものとかある?」

メイプルに問われ、カナデは自分の装備を見下ろした。相変わらずの布の服に、クエスト報酬でもらった『職人の革手袋』。防御力は無いに等しい。


「そうですね……せめてもう少しマシな服が欲しいですけど」

「防具は重要だ。VITの低い君は、一撃でも攻撃を受ければ致命傷になりかねない」

ケンの指摘はもっともだ。しかし、カナデの視線は、鍛冶屋の隅に積まれた鉱石の山に注がれていた。ダンジョンで手に入れた『銀鉱石』。これをどうにか活用できないだろうか。


「すみません、この鉱石を加工してもらうことはできますか?」

カナデが店主のNPCに尋ねると、屈強なドワーフの鍛冶師は、無愛想に首を横に振った。

「こいつは銀鉱石だな。だが、ただの鉱石じゃ何も作れん。インゴットに精錬しなきゃ話にならんが、うちじゃやってない。精錬スキルを持ってるプレイヤーを探すんだな」


やはり、専門のスキルが必要か。カナデは少し落胆したが、それならそれで仕方ない。ひとまず鉱石はアイテムストレージにしまい、なけなしの金で一番安い革鎧を購入した。気休め程度の防御力だが、布の服よりは遥かにマシだろう。


装備を整えた三人は、次に広場にある噴水の周りで一息つくことにした。そこで、カナデはいくつかの興味深い会話を耳にした。


「おい、聞いたか? ゴブリンの洞窟の入り口、なんか変なことになってるらしいぜ」

「ああ、俺も見た。崖に変な足場が作られててさ、入り口のゴブリンをスルーできるんだよ。おかげで楽に中に入れたぜ」

「誰が作ったんだ? あんなことできるスキルなんてあったか?」

「さあな。バグじゃないかって噂もあるけどな」


別のグループからは、こんな声も聞こえてくる。


「洞窟の中の、弓ゴブリンが出てくる通路あるだろ? あそこに壁と塹壕みたいなのができててさ、矢が全然飛んでこなかったんだよ」

「マジで!? あそこ、いつも回復薬がぶ飲みで無理やり突破するところなのに?」

「ああ。おかげでボスまで無傷で行けた。誰か知らないけど、神プレイヤーがいたもんだぜ」


その会話を聞いていたメイプルが、くつくつと喉を鳴らして笑い、肘でカナデの脇腹をつついた。


「だってさ、神プレイヤーさん?」

「……俺は何も知りません」


カナデは素知らぬ顔で空を見上げたが、口元が緩んでしまうのは隠せなかった。自分のやったことが、名前も知らない誰かの役に立っている。その事実は、レベルアップやレアアイテムの入手とはまた違った、じんわりとした喜びを彼に与えてくれた。


「君のスキルは、噂になるほどユニークだということだ」

ケンも、どこか満足げにそう言った。


「さてと!」休憩を終えたメイプルが、パンと手を叩いて立ち上がる。「腹ごしらえも済んだし、次なる冒険を探しに行きましょ!」


一行が向かったのは、クエスト斡旋所。壁一面に貼られた依頼書クエストボードには、様々な依頼が並んでいる。


【依頼】草原の狼、10体討伐(推奨レベル5)

【依頼】鉱山に巣食うコボルドの討伐(推奨レベル8)

【依頼】行方不明の猫探し(戦闘なし)


どれも、今の彼らにとっては手頃な依頼だ。しかし、カナデの目は、ボードの最も隅、ほとんど剥がれかかった羊皮紙に釘付けになった。


【特別依頼】『忘れられた神殿』の調査

【内容】『霧深い森』の奥に存在するとされる古代神殿の調査。森は常に深い霧に覆われ、一度入った者は二度と戻らないという。神殿に到達し、内部の構造を地図に記録して持ち帰ること。

【推奨レベル】15以上

【報酬】50,000ゴールド及び、詳細不明の特殊アイテム

【注意】本依頼の達成者は、現在まで一人もおりません。


「……これ、面白そうじゃないですか?」


カナデがその依頼書を指さすと、メイプルが興味深そうに覗き込んだ。


「忘れられた神殿……。推奨レベル15!? 私たちの三倍じゃない! 無理無理、無謀よ!」

「だが、興味深い一文がある」ケンが、依頼書の最後の一行を指さした。「『達成者は、現在まで一人もおりません』。そして、『森は常に深い霧に覆われ、一度入った者は二度と戻らない』」


そう、問題は推奨レベルだけではない。そもそも目的地にたどり着くこと自体が困難なのだ。おそらく、森の中は強力なデバフ効果があるか、あるいは極端な方向音痴にさせるギミックがあるのだろう。だからこそ、高レベルのプレイヤーですらクリアできないでいる。


「でも、だからこそですよ」カナデの目が、探求者のそれへと変わっていた。「誰も行けない場所。誰も見たことのない景色。それって、最高にワクワクしませんか?」


メイプルは、呆れたように、しかし楽しそうにカナデの顔を見た。

「あんたって子は、本当に物好きね……。でも、そういうの、嫌いじゃないわ!」

彼女の瞳にも、冒険への渇望が宿っていた。困難であればあるほど、燃えるタイプなのだ。


「ケンはどう思う?」

「通常のルートでは、森で道に迷い、消耗してゲームオーバーになる。それが運営の想定するトラップだろう。だが、我々にはカナデがいる」


ケンは静かに続けた。

「道がなければ、作ればいい。森がダメなら、森の上を、あるいは下を行く選択肢がある。彼のスキルがあれば、このクエストの前提条件そのものを覆せる可能性がある」


その言葉に、カナデは強く頷いた。ケンは、自分の能力の本質を誰よりも理解してくれている。


「霧で視界が効かないなら、地面を頼りに進めばいい。スキルで道を作りながら進めば、帰り道に迷うこともありません」

「なるほどね……。確かに、カナデがいれば行けるかも!」


メイプルの不安は、すっかり期待へと変わっていた。


「よし、決まりね! 次の目標は『忘れられた神殿』! さすがにレベル5で挑むのは無謀だから、まずはレベル10を目標に、周辺のクエストをこなしながら準備しましょ!」

「賛成だ」

「はい!」


三人の意見が一致した。新たな、そして無謀とも思える目標ができたことで、パーティの結束はさらに強まったように感じられた。


その時、カナデの目の前にシステムウィンドウがポップアップした。レベルアップによって獲得したスキルポイントの割り振りを促すメッセージだ。そして、スキルツリーには、新たに習得可能なスキルが一つ、表示されていた。


【アナライズ・グラウンド(地形分析)】

アクティブスキル。指定した範囲の地形情報を解析し、硬度、構成物質、編集の可否、埋蔵されている鉱物などの情報を取得する。


「これは……!」


まさに、今のカナデにぴったりのスキルだった。これがあれば、どこが掘削可能で、どこが不可能か、一目で分かるようになる。さらに、鉱脈を探し当てることも可能かもしれない。あの『銀鉱石』のように。


カナデは迷わずそのスキルを習得し、残りのスキルポイントはすべて『創造力』に割り振った。


「どうしたの、カナデ?」

「いえ、新しいスキルを覚えたんです。『地形分析』ができるようになりました」

「へえ、便利そうじゃない! さすが地形師ね!」


メイプルが屈託なく笑う。

こうして、彼らの次なる冒険の羅針盤は、『忘れられた神殿』という未知の領域を指し示した。誰もが不可能だと諦めたクエスト。だが、この三人なら、きっと道を切り拓ける。


カナデは、自分の腰にあるスコップをそっと握った。それはもはや、ただの不遇職の象徴ではない。未知への扉を開く、唯一無二の鍵だった。彼は、新しい仲間たちと共に、まだ誰も見たことのない神殿を目指す決意を新たにする。その道のりが、どれほど困難で、そしてどれほど刺激的なものになるのか。想像するだけで、彼の心は高鳴っていた。

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