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#1 真夜中、帰り道、鈴の音

僕は夏が嫌いだ。

暑いし、虫はうるさい、そしてなにより彼女と出会ってしまったから。


その日もいつもと変わらない日を過ごしていたと思う。学校に向かって、誰とも喋らず時間が過ぎるのを待って、終わったらすぐに帰る。

青春だなんて大人とクラスメイトは口うるさく言うけど、僕にはさっぱり分からなかった。

ジメジメとした空気と制服が肌に張り付く感覚に若干の気持ち悪さを覚えながら帰りに喫茶店に寄る。

ちりん、と風鈴が鳴り、涼やかな風が首筋を通り抜ける。店には少しの客と、やや年のいった店主がいるだけだ。


「おじさん」

「はいはい、アイスコーヒーのMな。砂糖とミルクはつけなくていいんだろ?」

「うん、これお代。」


毎度、といつも通りしゃがれた声で店主は言う。

学校帰り、僕は通学路にある小さな喫茶店に寄るのが日課になっている。

僕は本が好きだった、というか孤独を紛らわす手段が本と音楽くらいしかないものだから必然とそれにのめり込んでいった。

そして僕の読む作品の主人公たちがこぞってコーヒーを愛飲しているものだから、僕も憧れからハマっていった。

コーヒーを一口飲みながら階段を登っていく。管理がまともにされていない、荒れた階段だ。草木は生い茂っているし、階段もところどころ欠けている。

こんなところわざわざ好き好んでくる人間なんていないだろう。だから僕はここがお気に入りだ。

塗装が剥げている赤黒い鳥居を潜り抜け、ぼろぼろの神社に辿り着く。聞こえてくるのは風の音と、いつまで経っても止まない蝉の鳴き声だけ。

深く息を吸って吐く、青臭い匂いが鼻腔を突き抜け、脳みそをクリアにしてくれる。

からまったイヤホンを解いて耳につけ、レディオヘッドのノーサプライゼズをかける。

小説を一冊カバンから取り出してページを捲る。

心地よい、豊かな時間を過ごす。

この時間のために僕はまだ生きている。


あたりがすっかり暗くなってきたことに気付いたのは、文字が読めなくなったと感じたからだ。

帰りにぼろぼろの賽銭箱に5円玉を投げつけ、後にする。誰もいない真っ暗な帰り道に少しの不安を覚えながらポケットからハイライトを取り出す。

口に咥えて、火をつけて吸い込む。真っ暗な帰り道に少しの灯りが照らされる。


まだトムは歌ってくれてるし、コーヒーも少しだけ残ってる。少し口ずさみながら1人で歩く。

その時、後ろから声が聞こえた。


「進藤くんじゃん、こんな時間に何してるの?」


ちりん、と鈴の音が聞こえた気がした。心地のいいアルペジオを切り裂くような澄んだ声が鼓膜を震わす。慌ててたばこを地面に落とし、何回か足で踏みつける。

この声には聞き覚えがある、というか納ヶ崎(ながさき)高校の連中は大概知ってる。

藤山朱音(ふじやまあかね)、僕と同じ納ヶ崎高校の2年2組で、僕とは違って人気者だ。

曰く誰にでも分け隔てなく関わる人格者、成績は優秀で運動神経はそこまで良くないが、それも人気の要因になるくらいとにかく美人、とのこと。


「あぁ、藤山さんか。ただの散歩だよ」


夕方から声を全く発してなかったからか、少し上擦った声で返す。見られてしまったかもしれないと思い、心臓が素早く脈打つ。


「こんな遅い時間に散歩は危ないよー?灯りもほとんどないんだからさ」


どの口が、と思う。


「藤山さんこそ、こんな時間に何してるの?」

「私は…うーん、内緒」


口元に人差し指を当て、悪戯な笑みを浮かべる。


「そっか、それじゃあね」

「あ、うん。また明日」


また明日、か。こんなところでまた出会ってしまったら僕のささやかな生きがいがなくなってしまう。

ここは田舎だ、少しの噂話とちょっとのおせっかいで簡単に人のプライバシーが侵害される。全くもって気持ちが悪い。

急いで振り返り、自分の帰路に着く。

そういえば、蝉の鳴き声が聞こえなかった。まぁ、いいか。


「ただいま」

「おかえりー」


母の声が僕を出迎える。部屋に荷物を置き、ベッドに寝転がる。今日はなんだか疲れたな、ひどく瞼が重い。秒針の音だけが真っ暗な部屋に流れる。規則的なその音が僕を更に眠たくさせる。もう、眠ってしまおうと思ったその時勢いよくドアが開く。


(はるか)!大変!」

「なんだよ母さん、もう寝ようと思ったのに」


ひどく狼狽した様子の母親が部屋に入ってくる、大きな声が頭に響いてガンガンと痛む。


「藤山さんとこの娘さんが…」

「藤山さんがどうかしたの?」

「行方不明らしいのよ、あんたなんか知らない?」


行方不明?そんな大袈裟な…つい数十分前に会ったばっかりだぞ…


「行方不明って…ついさっき…」


続く言葉が出てこない。かひゅ、かひゅと間抜けな空気だけが喉から出る。心臓が痛い、頭がガンガンする。


「ついさっき…?なによ、あんたなんか知ってるんじゃないの?」


どれだけ言葉を紡ごうとしても、口から出るのは吐いた息のみだった。知らない、何も知らないよと曖昧な返事を返し無理やり母親を部屋から出す。


「ちょっと!遥!」

「ごめん、ちょっと頭の整理が追いつかないからまた明日でもいい?」


自分でも理解不能なことをしていることはよく分かっているが、それでも言葉が出てこないのは確かだった。部屋の鍵を閉め、ドアを背にその場にしゃがみ込む。頭と喉が酷く痛む。

なにか事件に巻き込まれたのか…?それとも家出とか?いや、彼女の人生は順風満帆そのものだ。もし僕が彼女だったらそんなことは微塵も思いはしないだろう。

ポケットからハイライトを取り出し、窓を開けて火をつける。外は虫がひどく鳴いてきた。素早く脈打つ心臓とリンクして、頭がおかしくなりそうだった。

火を消し、ベッドに転がり込む。とりあえず今日は疲れた。また明日、そうまた明日考えればいい。

初めて物書きをしました、頑張って続けます。

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