第八章:神の火と人の手
1.
72時間後──
地球上のすべての大陸で、“重力制御技術”が同時に拡散された。形式は暗号化されたP2Pネットワーク。誰も削除できず、誰も独占できない。
Project L.E.V.I.Aは、人類の共有財産となった。
公開からわずか1週間。各国の研究機関やハッカーたちは検証に乗り出し、次々と仮説を実証。
最初に“重力浮上実験”を成功させたのは、意外にもナイジェリアの若手エンジニアチームだった。
彼らの名は「オリシャ・ワークス」。
報道陣に囲まれたリーダーは、こう言った。
「これは、“神の火”じゃない。“人間の可能性”だ。
僕たちは、未来を神から奪ったんじゃない。信じる力で、追いついたんだ」
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2.
一方、アメリカ・シリコンバレーでは、“重力エンジン搭載ドローン”を武装化したPMC(民間軍事会社)が出現。
対抗して、ドイツのハッカー集団がその制御コードをハックし、**世界初の“非暴力AIドローン部隊”**を組織。武装を排除し、難民の支援に活用した。
技術は、人を殺す道具にも、救う翼にもなり得る。
世界は、それを目の前で見せつけられていた。
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3.
東京。
GaiaSparkの本拠地には、最後の訪問者があった。
仮面の男──“ネオ”。
彼は、自らの正体を明かした。
「……俺の本名は、朝倉真人。
凛一の、もう一人の息子だ。
母親が違うだけで、ずっと隠されてきた。
でも、父は……ちゃんと、2人に未来を託していたんだよ」
詩織は震える声で聞き返した。
「……じゃあ、あなたがL.E.V.I.Aを……?」
「違う。父が残した“鍵”を見つけたのは俺じゃない。
俺はただ、それを誰にも握らせたくなかった。
だから分散させた。“正しい手”に渡るように。……君の手に」
真人は、あるUSBメモリを差し出した。
「これは、最後のコード。
“Project: Gaia”──重力、水、空気、すべてを統合する“相互エネルギー変換技術”だ。
父はそれを“地球の意志”と呼んだ」
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4.
GaiaSparkは最後の実験を開始した。
小型機に「ソラドライブ」「ウォーターセル」「L.E.V.I.A」を同時搭載し、**完全燃料自立型・無線制御機“G-01”**を発進させる。
目的地は、地球の裏側──ウユニ塩湖。
地球上でもっとも“空・水・光・塩=エネルギーの象徴”が集中する地。
機体は順調に航行し、43時間後、静かにウユニに降り立った。
映像はリアルタイムで世界に中継され、次のメッセージが表示された。
> 「これは一つの完成です。でも、終わりではありません。
私たちはこれからも、奪われない未来を選び続けます。
この技術が、戦争の道具でなく、“共生の証”になるように──」
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5.
同時に、各地で新しい社会運動が始まっていた。
燃料供給に依存しない“フリーエネルギーコミュニティ”。
移動手段を共有する“浮遊都市型ドーム”。
誰もが発明者になれる“開かれたラボ”。
国家や企業ではなく、市民自身がエネルギーの形を変え始めていた。
それは、「支配」から「選択」への移行。
新しい文明の胎動だった。
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6.
1年後。
詩織は久世と共に、南米の地を訪れていた。朝倉凛一の足跡を辿る旅だ。
ウユニ塩湖の中央で、彼女はそっと土を掬い上げる。
何も語らず、ただ風の音を聞いた。
その風の中に、確かに父の声があった。
> 「……お前たちなら、きっと届く。
“神の火”なんかに頼らなくても──人はここまで来られるんだって」
詩織は涙をこらえ、空を見上げた。
空には、“G-01”が静かに浮かんでいた。
音もなく、燃料もなく、ただ大気と地球の調和に従って、そこに“在る”。
それはまるで、人類の意思のようだった。
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エピローグ:未来の足音
かつて“水だけで走る車”を発明し、命を落とした一人の男。
その志は、時を超えて多くの手に託された。
今、その火は絶えず、ゆっくりと広がっていく。
静かに、確かに、未来の足音として。
そしてその先には、まだ誰も知らない扉が待っている。
> 「次は、“時空”だ。──R.A.」