第六章:空気の記憶
1.
南米・ウルグアイ、モンテビデオ郊外の古い製材所跡。
風が吹き抜けるその廃墟に、3人の男がいた。
「“水”の次は、“空気”だと……? どういう意味だ?」
アンドレス・ロハスはかつてウルグアイ空軍の技術将校だった。今は地下技術結社のリーダーだ。
彼の前に立つのは、仮面をつけた若者だった。コードネームは**「ネオ」**。彼は、朝倉凛一の研究の「第二段階」に言及した男だった。
「……凛一は“水”による電解分離エンジンを完成させたが、それは入口にすぎない。最終的には“大気中の成分”を直接利用する技術にたどり着こうとしていた。僕はそれを継承した」
「空気をエネルギーに……? 酸素と窒素の分離? 燃焼か?」
「違う。圧縮でも燃焼でもない。常温で空気中の振動エネルギーを吸収・変換する。名前は《大気振動共鳴変換器》。コード名は……“ソラドライブ”」
アンドレスは目を見開いた。
「……それは、凛一が生前最後に書いた論文の仮説じゃないか。あれは“理論倒れ”と切り捨てられたはず……!」
ネオは言った。
「だから僕は、あえて匿名で続けた。“朝倉”の名がある限り、奴らに嗅ぎつけられる。
でも今なら、もう公表できる。設計図は、準備できてる。
あなたたち《アルマ・リブレ》に、プロトタイプを託したい」
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2.
東京・久世のもとに一通のメールが届く。差出人は不明。添付ファイルには、英語とスペイン語が混ざった設計図と数行のメッセージがあった。
> 「“水”は入り口に過ぎない。“空”こそが鍵だ。
君たちが次の扉を開けるなら、この技術は自由になる。
──R.A.の継承者より」
詩織は設計図を見て、息をのんだ。
「……父が、最後に“何かを隠した”って言ってた。それがこれ……“ソラドライブ”……」
久世はつぶやいた。
「空気で走る……まるでSFだ。でも、今や“水カー”だって実現した。“空気カー”が不可能だなんて、誰が断言できる?」
詩織は静かに首を振った。
「違う。“不可能”だったのは、信じる力のほう。技術じゃない」
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3.
そのころ、カナダではエネルギー企業連合が声明を発表していた。
> 「“水で走る”という理論には重大な環境リスクと誤解が含まれている。
再現性のない技術の拡散は、社会的混乱を招く恐れがある」
だが同時に、ある内部告発者が暴露した。
> 「実際は数年前から複数企業が“水燃料エンジン”の研究を秘密裏に進めていた。
ただし市場に出せば、既存の利益構造が崩壊するため“棚上げ”されていた」
世界はますます揺れていた。
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4.
そして1週間後。
南米、アルゼンチン国境近くの田舎町で、世界初の“空気エンジン搭載バイク”が静かに試験走行を成功させた。
動画は匿名の配信者によって公開され、またたく間にネットを駆け巡った。無音で動くバイク。燃料も排気もなし。
誰もが目を疑った。
空気が燃料になる。
再び、常識が書き換えられた瞬間だった。
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5.
同時に、詩織と久世は命を狙われていた。
ある夜、隠れ家の地下シェルターが**“無人ドローン”により襲撃**を受ける。電波妨害、音響攻撃、侵入型ロボティクス──
「連中、本気で殺しにきてる……!」
久世は叫び、詩織を連れて非常脱出ルートへ向かう。
「このままじゃ、設計図もろとも燃やされる!」
しかし、そのとき。
地下通路に、仮面の男が現れた。
「逃げろ、北西ルートを使え。君たちは“炎の中心”にいる。だが、希望もそこにある」
彼はそう言い残し、1人で敵の進路を妨害しに向かった。
詩織は言った。
「……あの人、きっと“R.A.”の継承者……!」
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6.
3日後。GaiaSparkの残存メンバーと合流した詩織と久世は、ついに《ソラドライブ》のプロトタイプ公開に踏み切る。
再び、動画は世界に放たれた。
> 「こんにちは。私たちは、次の扉を開けます。
“水”の先にある、“空”の力。
それは無限で、誰のものでもありません。
だからこそ、誰にでも使えるようにしました。
……技術は、独占のためにあるんじゃない。
命の選択肢として、開かれていくべきなんです」
投稿された動画には、5時間で2000万の再生数。
そしてそのコメント欄には、たった一言だけ、こう書かれていた。
> 「次は、“重力”だ。──R.A.」