表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

第三章:利権の迷宮

1.


都内の高層ビル。その一室に、世界でも指折りのエネルギー企業「アーカム・エナジー・ジャパン支部」の幹部たちが集っていた。


「監視対象だった斉藤詩織が動き出した。どうやら試作機の再構築に成功したらしい」


スーツ姿の男が無機質に報告する。


「やはり“朝倉タイプ”は、完全に潰し切れていなかったか……。で、装置は?」


「破壊済み。だが記者らしき男が記録を持ち帰ったようです。名は久世陽太。かつて都政の不正を暴いた調査記者」


重役たちは顔を見合わせる。誰もが一つの決断を求められていた。


「公開されれば、我が社の“水素覇権”は一夜にして崩壊する。株価、投資、各国との契約……すべてが瓦解する。対処しろ。あらゆる手段で」


部屋の空気が、一瞬で凍った。



---


2.


一方、久世と詩織は破壊された倉庫を後にし、郊外のネットカフェに潜んでいた。久世が持ち帰った小型カメラの映像には、男たちの顔と車両、そして“AE”ロゴが鮮明に映っている。


「やっぱり動いたな、アーカム・エナジー……。水素で世界を制してきた巨人企業」


久世は調査を進めながら、彼らの過去の“事故”や“発明家の謎の死”に関する情報を集めた。驚くべきことに、過去20年間で水分解技術の発明者とされる人物が少なくとも7人、謎の死を遂げている。


> ・心臓発作

・自殺

・事故死

・研究室の爆発




「これじゃまるで……国家機密か、あるいは宗教戦争だな」


「違う、資本の戦争よ。石油と水素の“神殿”を守るために、神の火を持つ者を消してきたの」


詩織の言葉には、怒りと哀しみが入り混じっていた。



---


3.


その夜、久世は旧知の情報屋・風見に接触した。元公安で、今は裏社会の中継屋だ。


「なるほどな……お前、ずいぶんと深い沼に首突っ込んだな」


風見は一通りの話を聞いた後、懐から封筒を取り出した。中には、ある財団の機密資料のコピーが入っていた。


「見ろ。アーカム・エナジーの背後には、世界水資源管理評議会(WAGRC)ってのがいる。表向きは水資源保全の国際団体だが、実態は水の利権を牛耳る経済諜報機関だ」


「なぜ水がそんなにも?」


「水は、21世紀の“石油”だからさ。今や世界人口の約3分の1が清潔な水を得られていない。そこに“水で走る車”が出れば、エネルギーと水の両市場を同時に崩壊させる。そんなもん、どの多国籍企業も黙っちゃいねぇ」


久世は眩暈を覚えた。これはもう、個人の闘いではない。



---


4.


「逃げようか、久世さん」


帰り道、詩織がポツリと言った。


「私は逃げ慣れてる。でもあなたは違う。巻き込んでしまった」


久世は首を振った。


「あなたが背負ってきたものに比べたら、僕なんて――。けど、真実を見て、黙ってるなんてできない。記者ってのは、そういう生き物なんだよ」


その言葉に、詩織の目にうっすらと涙が浮かんだ。

久世はメモリーカードを掲げた。


「これを、公開する。メディアは信じられなくても、“世界中の目”に触れさせる。今は誰でも発信者になれる時代だ。SNS、動画サイト、リークサイト……どこかが拾う」


詩織は頷いた。


「でも、それをするなら……場所を選ばないと」


彼女は静かにスマホを取り出し、ある連絡先にアクセスした。


「知り合いに、“ノーネーム”って名のハッカー集団がいる。かつて私を助けてくれた人たち。彼らなら、世界中に一斉に真実を拡散する術を持ってる」



---


5.


一週間後、都内某所の廃ビルの地下にある秘密ネットワーク拠点にて。

久世と詩織は“ノーネーム”の中心人物・Re:Kリックと対面した。


「久世陽太。名前は聞いてる。かつて都知事の不正会計を暴いた“喧嘩記者”。いい目をしてる」


Re:Kは、VRゴーグルをかけたまま笑った。


「記録、渡す。期限は?」


「明日午前5時。日本時間で、各国の市場が開く前。最大のインパクトになる」


詩織は頷いた。


「じゃあ、やるわよ。あの日、朝倉先生が夢見た“自由なエネルギーの解放”を」



---


6.


その夜、久世の携帯が鳴った。発信者不明。

恐る恐る出ると、男の声が低く響いた。


「公開はやめろ。君と彼女の命に関わる」


「……誰だ」


「選べ。真実か、命か。君の正義は、世界を混乱に導く。地獄に道を開くぞ」


久世は言葉を飲み込んだが、すぐに答えた。


「……なら、喜んで地獄へ案内するよ」


通話が切れた。

彼はもう迷っていなかった。



---


7.


翌朝5時。世界中のSNS、ニュース速報、動画サイトに同時にアップロードされたのは、破壊された装置の映像、アーカム・エナジーの関与証拠、詩織の証言動画――そして、朝倉凛一が遺した“燃焼の瞬間”の再現CG。


一斉にネットが炎上した。

世界中で「水で走る車」トレンド入り。

各国の市民団体や科学者が声を上げ、企業と政府が沈黙を続ける中、人々は真実を探し始めた。


詩織はカーテン越しに朝日を見つめ、つぶやいた。


「朝倉先生……ようやく、あなたの火が世界を照らし始めたわ」


久世も、スマホを握りながらつぶやいた。


「始まったな。**神の水戦争アクア・ウォー**が」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ