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第二章:消された発明

1.


東京に戻った久世陽太は、自室の壁一面に資料と写真を貼り出した。朝倉凛一の遺品、町での聞き込み、詩織の情報……そして、あの“水燃料セル”の設計図と思しきノート。


それは、単なる電気分解の装置ではなかった。


《電解質濃度ゼロでの連続反応……?

常温常圧で水分子の直接分解……?

理論が……成立していない?》


彼は高校で理系クラスだった程度の科学知識しかない。それでも、朝倉のノートが常識外れであることはわかった。科学ではなく、何か未知の領域を扱っているような。


ふと、そのノートの余白に、英語でこう書かれているのを見つける。


> “They will come for it. Burn after reading.”

(やつらが来る。読んだら燃やせ。)




久世は思わず背筋を伸ばした。



---


2.


その夜、久世のアパートに誰かが訪ねてきた。

ドア越しに名を名乗る女の声がする。


「斉藤詩織です。朝倉先生のことで、お話があります」


久世は動揺を抑えてドアを開けた。そこには、あの写真の女性が立っていた。

髪を短く切り、眼鏡をかけた彼女は、どこか疲弊した表情をしていた。


「あなた、なぜ私のことを……?」


「先生の遺品の中に、あなたとの写真がありました。あと……これも」


久世が差し出したノートを見た瞬間、彼女は顔色を変えた。


「まさか、これが残っていたなんて……。危険です。今すぐ処分を……!」


「なぜです? これは、ただの理論書では? それとも、あなたたちは何かを完成させた?」


彼女は沈黙した後、ぽつりと答えた。


「完成していました。正真正銘、“水だけ”で動くシステムです。

でも、世の中に出すには“早すぎた”のです。権力者たちは、それを許さなかった」



---


3.


詩織は静かに語り出した。


数年前、朝倉凛一は水中の量子状態を直接操作するという**“エネルギー共振理論”**を提唱し、特殊な周波数で水分子を解体、極微量の水素を連続生成する装置の開発に成功していた。


> それは、化石燃料どころか既存の水素燃料電池すら不要にする“神のエネルギー”だった。




「でも、国の技術監査委員会に試作機を持ち込んだ翌日、先生の研究室は強制封鎖され、私は突然の“長期休職”を命じられました。異動先の研究所は幽霊機関で、私を軟禁するためだけに存在していたんです」


彼女はその後、偽名で逃亡生活を続けていたという。そして1ヶ月前、ネットにアップされた一枚の古い写真――久世のもとに届いたポラロイド――を見て、彼に接触する決意をしたのだ。



---


4.


「……で、これからどうするんですか?」


久世は、冷めたコーヒーを見つめながら尋ねた。


「公開します。あの装置の複製を造って、世界に証明するんです」


「命を狙われることになりますよ?」


「もう、逃げたくない。あの技術は、人類の未来です。私たちが沈黙すれば、永遠に消される」


その瞳に宿る決意に、久世はかつての“報道記者”としての魂を揺さぶられた。

彼女の話が真実なら、これは単なる記事ではない――世界を変える“事件”だ。



---


5.


その日から、ふたりの隠密作戦が始まった。

倉庫を借り、詩織の記憶を頼りに「W-Fuel Cell」の再現を始める。必要な部品はすべてネット通販で調達、組み立ては久世がサポートする。


数週間後、装置は完成した。

詩織がスイッチを入れると、透明なチューブの中を泡が走り、銀色の円筒から「フッ」と小さな気体が噴出した。


「これが……水素?」


「いいえ、水素ではありません。“朝倉波”です。分子共振による未知の燃焼体です。水が“燃料”になる、新しい形です」


久世は息を呑んだ。



---


6.


しかし、平穏は長く続かなかった。


その夜、倉庫の防犯カメラに黒ずくめの男たちが写っていた。

そして翌朝、ふたりが再び倉庫に入ると、装置は何者かに破壊されていた。


詩織は呆然と立ち尽くし、久世は自分の胸ポケットに差し込んだ小型カメラのメモリーカードを確認した。


「……映ってます。黒い車、複数の男たち、そしてあのマーク……」


その車のドアには、“A.E.”というロゴが刻まれていた。


「アーカム・エナジー……世界最大の水素利権企業。やっぱり、動いたか」


詩織の声が震えた。



---


この技術を求めて、何人もの命が消された。


朝倉凛一も、例外ではなかった。

彼らは、今まさに同じ轍を踏もうとしていた。


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