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プロローグ:消された発明
「水で走る車」を発明した人物と、その発明をめぐる巨大な陰謀、科学者の苦悩、正義を追い求める者たちの戦い
空は濁ったグレーに覆われ、春の訪れを拒むように冷たい風が吹いていた。
新聞社の旧式なエレベーターの中で、久世陽太は胸ポケットのレコーダーをそっと撫でた。擦り切れた録音ボタンは、数多の“声”を記録してきた。記者歴12年、その中でも彼の記憶に鮮明に残っているのは、ある一人の老人の言葉だった。
> 「……わしは、神の水を見たんじゃ。確かに、走ったんだ。水だけで……!」
数年前、地方の病院で末期がん患者として息を引き取った男の最期の証言だった。当時は特集記事の中の小話として処理されたが、久世の胸には奇妙な引っ掛かりが残った。
そんな中、彼の元に届いたのは、一枚の不鮮明なポラロイド写真だった。白い軽トラックが、ボンネットを開けて停まっている。だが、その脇には手書きのメモが写り込んでいた。
> 「使用燃料:H₂O(蒸留水)」
メモには「ASAKURA TYPE-R」とサインがある。久世の記者魂が、にわかに熱を帯び始めていた。