■肆章『厄介事の中の厄介事』
自警団はいの一番に襲い掛かってきた。タカは脚に力を込めて、自警団相手に突っこんでいく。泉も息を整え、同じ目標へと駆け出した。
響く剣尖、それを裂くように団員は剣銃を発砲し、一番手練れだろうタカを狙った。銃声は確かに轟いたのだが、当たろうという前に急接近したタカの足払いで、軌道をずらされてしまった。銃弾はタカの肩を掠め、コンクリートの壁にうずめられた。
それでも流石、自警団を名乗るだけはあり、臆することなく残りの団員が銃弾を繰り出した。今度こそとタカを狙ったままで、直後泉が蹴りを見舞ったが、弾丸は既にタカを貫かんとしていた。
「タカ‼」
「なんのッ‼」
泉が呼びかけるとほぼ同時に、タカは真っ直ぐ飛んでくる銃弾へ手をかざす。指輪が瞬き、その間たったの一瞬。弾丸は全て真横の窓ガラスへと着弾し、鋭い欠片が飛散した。
泉が奇術にも近い力に感心していようが構いなく、団員は手を緩めない。襲い来る剣銃を咄嗟に刀身で受け、泉は鍔迫り合いの状態になる。間近に迫る凶刃に、手汗が滴った。
「感動せんで、気ぃ抜くんやない‼」
タカは泉と迫り合いを繰り広げる団員の腕をぐっと掴み、また指輪が光ったと思うと、そのまま造作なく団員を投げ飛ばした。その体は他の団員に当たり、体制を乱し武器を手放させる。その隙を泉は逃さぬと、団員を目線で繋ぐように流し見て、刀を半身ちらつかせた。その時、再び団員を凪いだ空気が包み込んで、夥しい斬撃が射程を無視して襲い掛かってきたのだ。
泉は加速して動いているわけでもなく、そこにいるだけ。しかし斬撃は背後からも正面からも、切り上げ振り下ろされるようで、やたらめったらに傷つけられた自警団は半壊。タカも負けじと、最後の一人の武器を鎖で絡めとる。とん、と飛び上がり宙返りをした時に、武器は動きに合わせて宙を舞い、タカは団員の背後を取った。首元へ鎌の刃を向け、風が止み、タカは低い声で囁いた。
「―――これ以上関わらん言うんやったら、逃がしたるわ。……まだ、やっか?」
途端に、団員の顔が青くなる。眼下に転がった団員の無惨な体を見て、残った団員は白目を向いて、
「す、すみませんでしたぁー‼」
……とだけ言い残して崩れ落ち、気絶してしまった。威勢が良かったのは、群れていたからなのだろうかね。
「こっちやッ‼」
騒動を聞きつけてか、遠くの方から自警団の増援が向かってくる。その影にいち早く気が付いたタカは、泉の手をしっかりと掴んで、その場を後にした。
追走する自警団から逃れようと走る二人。大通りを避け、回り込まれぬよう立ち回り。タカはふと、目に留まった廃屋の扉に手をかざし、鍵のかかっているか分からない扉をこじ開けると、素早く中へと逃げ込んだ。
気取られないように扉を閉め、窓ガラスから見つからないようにと身を屈める。自警団の声が遠ざかったのを確信した時、タカはようやっと、深い息をついた。額の汗を袖で拭い、ドアに伝うように背中を落とす。すっと息を吸い込むと、埃がもろに鼻腔をくすぐって、タカのくしゃみが廃屋に響いた。
泉がその様子を見てにやついたのを、タカはムッとした顔で睨んだ。
「しゃぁないやろ、人間の体やし。くしゃみくらいするわいな」
「……ん? 『人間の体』だと?」
泉はタカが、廃屋という場にあったリアクションだとか、生前の癖が抜けていないだとかで、ついくしゃみの真似事をしたのだと本気にしていた。タカは泉がとぼけているわけではないと分かると、面倒そうに頭をかいた。
「アンタ、見たところ『人魂』よな。魂だけの人間」
「そう、だな。死ぬことはあれど、すぐに生き返る」
「ならそうやなぁ。ワイはアンタとは違って、魂が人間の体に入っとる『元人間』なんよ」
「元、人間……?」
「しゃぁない、教えたるわ」とタカは抱えた荷物の中から、一冊の綴じ本を取り出しめくると、ある頁を見せながら泉に説明を始めた。
先程もちらっと言ってきたけれど、『元人間』というのは「魂が人間の体に入った存在」……というより、ありふれていて「そういった『種族』」と形容するようにはなった。
本地獄で罪人となる魂は、魂だけが生身の痛みを持ち合わせている。しかし所詮は魂―――獄卒の鬼は魂を直すという行為だけで、罪人の傷を、死を無かったようにできてしまう。これによって罪人は何兆年もの拷問でも、魂が傷つきその分苦痛を味わう、そして直すというサイクルを続けられるのだ。
だが第二地獄において、拷問は痛めつける行為ではなく、魂を無理くり鍛え上げる行為に挿げ替わっている。拷問、というと違うだろう、その実地獄で働いているだけだ。そんな中で魂を、望む人間の体に宿すことによる「作用」が着目されることになる。人間の体であれば筋肉が成長し、学ぶことに熱心となり、更にはその体を器として、『特別な力』の制御が容易になる。
そうして第二地獄では『元人間』という「地獄で作られた人間の体に収まる魂」が優秀だと引く手あまた。その代償として、今の体が途方もない時間の末朽ちるまで、地獄にとどまることになる。タカはそのリスクを承知した上で、元人間として生活しているのだ。
「ま、この体は便利っちゃ便利やな。お腹も空く、眠たくもなる……」
「それは……不便ではないのか?」
「なにおう。食べるんも寝るんも、むしろ楽しくてたまらんのやぞ?」
タカが嬉しそうに語るもんだから、泉はすこしだけ「元人間」を羨んでしまう。本地獄では邪魔で不要とされた、人間らしい生活を送ることができる。そうなればきっと、また甘いものでも食べて愉悦に浸れるハズ、と。
一通り喋り終わったタカは改めて、逃げ込んだ廃屋を見渡した。今いる一階部分には、簡易的なパーテーションで仕切られただけの応接間、その傍でテーブルを照らす六面の窓。応接間の向かいには土壁と凹んだ土間で構成された台所、玄関ドアの直線上には二階への階段と、更に木の扉の先に古びた倉庫まで備え付けられている。点在する小さな本棚には、ぎっしりと詰め込まれたファイルが今にも溢れ出しそうになっていた。
パッと見は何に使われていたのか見当もつかなかったが、玄関のすぐそば、箒に隠れていた立て掛け看板には白い文字でしっかりと「便利屋やってます」と書かれていた。
―――便利屋ねぇ。ファイルもそうやけど、大分真面目にやっとったみたいやな。タカは一階部分を見終わったとし、今度は泉が向かった二階部分へと向かった。軋む階段から上の方へ「そっちはどやー?」と声をかけると、泉が丁度二階にある二枚の扉、その右から出てくるところだった。
「どうやら、持ち主が寝泊まりしていたらしい。埃を被った布団が、押入れに入っていた」
「へぇ、泊まり込み。勤勉さんやなぁ」
ここまで見つけた物品から、ここは二人の便利屋なる人物が使わなくなって久しい、事務所のような場所だと予想するタカ。あらゆるドアがさび付いて固く、落ちていた置手紙に要約すると「譲ります」と綴られていたことからも、もう持ち主が戻ってくることは有り得ないのだろう。
そこまで発想が至った時、タカはやっと「コイツの名前を聞いとらんかったな」と気が付いた。応接間のソファに座り、泉の方を見て、タカはいよいよ質問をした。
「……忘れとったんやけど。アンタ、名前いえるか?」
「ふむ。確かに、ここまでして話さないのは無礼だろう」
泉はタカに向き直って、緊張しつつも口を開いた。
「―――『泉』。『霧波泉』だ」
「……泉?」
タカはそこで、厄介事の中の厄介事に手を突っ込んだことを自覚することとなったのだ。
※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。




